一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
 小手鞠(こでまり)製薬会社 秘書 森下(もりした)(たける)
 こちらはアホウさんというのか、珍しい苗字だな、とうずくまる男性を見た。
 男性はふらふらと立ち上がる。
「乱暴だな」
「あなたが乱暴をしたからです」
 しれっと森下さんが答える。
 名刺を、と彼が促すと、男性は懐から名刺を出して私に渡した。
 小手鞠製薬会社 代表取締役社長 小手鞠悠真。
 大手の製薬会社の社長ってこんなところをうろつくものなのか。
 最初の感想がそれだった。
 東京と神奈川の狭間の駅前。ギリギリ東京都。それなりに栄えてはいるが、社長が歩くような場所とは思えない。
「あ、これはうちで開発している新薬で、危険なものではありません」
 街中でいきなり注射をする人の話を鵜呑みにしていいものか。資格とかいろいろどうなってるんだろう。
「えっと、大丈夫そうなので失礼しますね」
 刺激しないように挨拶して立ち去ろうとする。
 が、森下さんはするっと私の前に回り込んだ。眼鏡の奥の細い目が、油断なくこちらを見ている。
「連絡先を教えていただかなければ、お帰しできません」
 なんで、と私は顔をひきつらせる。
「いえね、この阿呆が——社長があなたが運命の番だと言い出すもので。車を急停止させて慌てて追いかけて来たのですよ。失礼のお詫びもさせていただかなくては」
「結構です」
「そんなことおっしゃらずに」
 小手鞠さんはしかめっ面で首を抑えてそのやりとりを見ていた。
 男性二人に囲まれ、怖かった。
 なんでこんな目に。
 早く終わらせて帰りたかった。
 仕方なく、SNSの一言投稿サイト、ヒットコッターのアカウントを教えた。
 作っただけでほぼ何もアップしてないアカウントだった。
 接触してきたら速攻でブロックしようと思った。
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