一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
 SNSを教えたことで、彼は満足したようだった。
「ではこれで今日は退散いたします」
「まだだ。俺と一緒に――」
「はいはい、帰りますよー」
 引きずられるようにして自称社長は去って行った。
 何がおきたんだろう、と私は呆然とする。
 二枚の名刺が手に残っていなければ夢かと思ってしまうほどだ。
 そうか、ナンパか。社長と秘書の設定で。でも、だとしたらあの注射はいったい。名刺まで作って。
 小手鞠製薬会社と言えば大手だ。こんなところで運命の番がどうとか世迷言を言い出すとは思えない。
 運命の番はアルファとオメガの間に存在すると言われている特別な絆だ。出会った2人は強烈に惹かれ合うという。
本当に存在するかは疑わしい。ナンパのよくある手口だし私はベータだし。
 危ない人に絡まれた。
 運がない。さんざんな1日だ、とぐったりして帰った。

 翌日、私はまだ疲れを残して出勤した。
 変な人に遭遇したために失恋のショックは薄れたが、精神的に疲れていた。
 無難に仕事をこなしていった。
 事件が起きたのは18時の閉店間際のことだった。
 店に、男性2人が入って来た。
 いらっしゃいませ、と出迎えた私は目を見開いた。前日の2人だった。
「あなたのSNSから辿りました、天南星菜(あなみせいな)さん」
 名前もバレている。
「ほとんど何もアップしてないのに」
「私は優秀なのですよ」
 笑顔の森下さんが怖くなった。
 名刺の通りなら大会社の社長だ。こんな街の不動産会社に何の用なのか。しかも扱っているのは主に個人向けの賃貸と住宅の販売だ。
「いらっしゃいませぇ。ご用件承りますぅ」
 腰をくねらせながら鮫島さんが来た。いつもイケメンには積極的に接客をしている。
 普段ならうっとうしいが、今は救いの女神に見えた。
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