狼上司と秘密の関係
「それって……」
千明もそれだけ言って言葉につまってしまった。

人間じゃない、狼の牙で噛み付けばどうなるか、想像しなくてもわかる。
「幸い、ケガは大したことなかった。だけど血は出てたんだ。それで、驚いた顔をしてた」

大和がゆるゆるとため息を吐き出す。
千明は気が付かない間に自分の体を自分の両手で抱きしめていた。

「大変なことをしてしまったと思ったよ。狼として人間に噛み付いたんだから。相手の男の子も怯えてた。だけど職員さんは平気な顔をして笑ってくれたんだ。大丈夫だからねって、俺の頭をなでてくれた」

親たちはその後に戻ってきたそうだ。
子供の分まで飲み物を調達していたそうで、その間の出来事だったそうだ。

「親たちが戻ってきたらきっと怒られる。そう思ったんだけど、職員さんはなにも言わずに自分の仕事に戻っていったんだ。だから、俺が咎められることはなかった」

「そんなことがあったんだ」
「あぁ。それからずっと、俺はいつかここで仕事をするんだって思ってた。千明と同じで夢を叶えたんだ」

その言葉に胸がチクリと傷んだ。
大和は口先だけではなく、夢を叶える大変さをちゃんと理解した上で、千明に話かけてくれていたのだ。
それなのに、自分は自分の夢に対して全力で向き合っては来なかったかもしれない。
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