傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
伯祥の死を知ったあの日から、紫紅はただ、彼の復讐のために命を捧げると心に誓った。
夫を死に追いやった男に抱かれ続けたのも、すべては復讐のため。
伯祥の子を即位させる。夫を罠に嵌めた皇后と皇太子を追い落とし、皇帝の裏をかいて。
復讐のためならば、この国を亡ぼすことも厭わない。
徐太監の協力を得て準備には十分な時間をかけた。あの薬からは、牛でも即死するほどの猛毒が発見される手筈になっている。侍医には裏から手まわし、皇太子から偉祥の毒殺を命じられたと証言するはずだ。
皇太子が弟皇子に贈った丸薬から毒薬が見つかった。皇太子は廃嫡、その母である皇后は廃后とされ、冷宮に送られる。
そして翌月。紫紅が生んだ末の皇子である偉祥が皇太子に立てられた。
薊徳妃に対する皇帝の寵愛はなおも深まり、その一族が要職に登用される。下級官吏から一息に枢要な職を得た父も兄も、親族たちも政治には不慣れで、またにわかに得た権力を濫用し、賄賂や不正が横行し始める。もともと揺らいでいた王朝は一気に斜陽の坂を滑り落ち始めた。
紫紅は愚かな一族を止めなかった。
ただ、最後の一人の息の根を止めることだけを考えていた。
強壮剤と偽って皇帝に密かに毒を盛り、皇帝はついに倒れ、幼い偉祥が即位した。
皇太后となった紫紅の肩に、崩壊寸前の帝国の未来が委ねられる。だが、紫紅はすでに、帝国への愛着も王朝を守る矜持もなかった。
ようやく、復讐を成し遂げた。伯祥の敵を取って、あとは――
紫紅は、密かに作らせた無名の位牌を前にして、現実から逃れるように祈った。
――伯祥様は、裏切ったわたしを許さないかもしれない。でもいつか、貴方のもとに向かいたい。来世こそ、貴方と末永く添い遂げたい。
幼い皇帝とその母では、肥大した帝国の舵取りなどできなかった。腐敗と不正義はますます広がり、民衆の絶望は深まるばかり。
数年後、辺境を守る一将軍が兵を挙げる。叛乱は野火のごとく燃え広がり、全土の大半が賊軍の手に落ちた。賊軍の足音がしだいに近づき、ついに、賊軍の青い旌旗が都の城壁を取り囲んだ。
夫を死に追いやった男に抱かれ続けたのも、すべては復讐のため。
伯祥の子を即位させる。夫を罠に嵌めた皇后と皇太子を追い落とし、皇帝の裏をかいて。
復讐のためならば、この国を亡ぼすことも厭わない。
徐太監の協力を得て準備には十分な時間をかけた。あの薬からは、牛でも即死するほどの猛毒が発見される手筈になっている。侍医には裏から手まわし、皇太子から偉祥の毒殺を命じられたと証言するはずだ。
皇太子が弟皇子に贈った丸薬から毒薬が見つかった。皇太子は廃嫡、その母である皇后は廃后とされ、冷宮に送られる。
そして翌月。紫紅が生んだ末の皇子である偉祥が皇太子に立てられた。
薊徳妃に対する皇帝の寵愛はなおも深まり、その一族が要職に登用される。下級官吏から一息に枢要な職を得た父も兄も、親族たちも政治には不慣れで、またにわかに得た権力を濫用し、賄賂や不正が横行し始める。もともと揺らいでいた王朝は一気に斜陽の坂を滑り落ち始めた。
紫紅は愚かな一族を止めなかった。
ただ、最後の一人の息の根を止めることだけを考えていた。
強壮剤と偽って皇帝に密かに毒を盛り、皇帝はついに倒れ、幼い偉祥が即位した。
皇太后となった紫紅の肩に、崩壊寸前の帝国の未来が委ねられる。だが、紫紅はすでに、帝国への愛着も王朝を守る矜持もなかった。
ようやく、復讐を成し遂げた。伯祥の敵を取って、あとは――
紫紅は、密かに作らせた無名の位牌を前にして、現実から逃れるように祈った。
――伯祥様は、裏切ったわたしを許さないかもしれない。でもいつか、貴方のもとに向かいたい。来世こそ、貴方と末永く添い遂げたい。
幼い皇帝とその母では、肥大した帝国の舵取りなどできなかった。腐敗と不正義はますます広がり、民衆の絶望は深まるばかり。
数年後、辺境を守る一将軍が兵を挙げる。叛乱は野火のごとく燃え広がり、全土の大半が賊軍の手に落ちた。賊軍の足音がしだいに近づき、ついに、賊軍の青い旌旗が都の城壁を取り囲んだ。