傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
「城門のすべてはわが軍が押さえました」
宮城の正門を落とし、そこを本陣と定めて、男は城壁の上から北――宮城を見下ろしていた。
「後宮の一部から、火の手が上がっています。火を放ったものがいるようです」
「後々、城が使えないと不便だ。燃え広がらないよう、消せ」
振り返った男は、兜を目深にかぶり、顔の下半分を面布で覆っていたが、わずかに覗く左目の周辺から頬にかけて、無残に焼け爛れていた。冤罪を着せられ、自殺と見せかけて逃亡するに際して、身元を隠すために自ら顔を焼いたのだ。
父の正妻の罠にはまり、父親には愛する妻を奪われた。男は、復讐のために人生のすべてを捧げた。
男は、眼下に広がる瑠璃瓦の宮殿群をもう一度見下ろす。
比翼連理を誓った妻は、父の子を産み、皇太后として国政を壟断し、国を傾けた。
民衆の怨嗟の声が全土に満ち、王朝に反旗を翻した男に、天も味方した。
「攻撃準備は整いました。ご命令を」
口髭を蓄えた将軍に声をかけられ、男は頷けば、将軍が手にした青い旗幟を振る。進軍の喇叭が響き、軍太鼓が勇壮に打ち鳴らされる。
城門が開かれ、兵が城内になだれ込む。すでに皇軍に戦意はなく、砂の城に水を放つように、脆く崩れていく。
「……紫紅……私は帰ってきた。そなたのもとに――」
裏切ったかつての妻のことを、男は一日たりとも忘れたことはなかった。
赤い面布の下から現れたあまりに美しい容も、素直でまっすぐに注がれた彼女の愛も、何もかも。
城内に突入する叛乱軍の兵士たちが、口々に叫ぶ。
「先帝の第一皇子、伯祥殿下のご帰還だ! 皇帝を惑わし、国政を過った傾国の妖婦を除け!」
その声を聞きながら、伯祥は焼け爛れた自身の顔に手を振れ、目を閉じた。
――この変わり果てた姿を見て、紫紅、そなたは私をどう、思う。そして、悪女と化したそなたを見て、私は――
落日の陽光が、瑠璃瓦を赤く染めていた。
宮城の正門を落とし、そこを本陣と定めて、男は城壁の上から北――宮城を見下ろしていた。
「後宮の一部から、火の手が上がっています。火を放ったものがいるようです」
「後々、城が使えないと不便だ。燃え広がらないよう、消せ」
振り返った男は、兜を目深にかぶり、顔の下半分を面布で覆っていたが、わずかに覗く左目の周辺から頬にかけて、無残に焼け爛れていた。冤罪を着せられ、自殺と見せかけて逃亡するに際して、身元を隠すために自ら顔を焼いたのだ。
父の正妻の罠にはまり、父親には愛する妻を奪われた。男は、復讐のために人生のすべてを捧げた。
男は、眼下に広がる瑠璃瓦の宮殿群をもう一度見下ろす。
比翼連理を誓った妻は、父の子を産み、皇太后として国政を壟断し、国を傾けた。
民衆の怨嗟の声が全土に満ち、王朝に反旗を翻した男に、天も味方した。
「攻撃準備は整いました。ご命令を」
口髭を蓄えた将軍に声をかけられ、男は頷けば、将軍が手にした青い旗幟を振る。進軍の喇叭が響き、軍太鼓が勇壮に打ち鳴らされる。
城門が開かれ、兵が城内になだれ込む。すでに皇軍に戦意はなく、砂の城に水を放つように、脆く崩れていく。
「……紫紅……私は帰ってきた。そなたのもとに――」
裏切ったかつての妻のことを、男は一日たりとも忘れたことはなかった。
赤い面布の下から現れたあまりに美しい容も、素直でまっすぐに注がれた彼女の愛も、何もかも。
城内に突入する叛乱軍の兵士たちが、口々に叫ぶ。
「先帝の第一皇子、伯祥殿下のご帰還だ! 皇帝を惑わし、国政を過った傾国の妖婦を除け!」
その声を聞きながら、伯祥は焼け爛れた自身の顔に手を振れ、目を閉じた。
――この変わり果てた姿を見て、紫紅、そなたは私をどう、思う。そして、悪女と化したそなたを見て、私は――
落日の陽光が、瑠璃瓦を赤く染めていた。