悪役令嬢として婚約破棄されたところ、執着心強めな第二王子が溺愛してきました。2
プロローグ
 闇属性を持ち、ほとんどの人が死んだと思っていたオリオン王国の第二王子――ラディアス・オリオン。十七歳。
 しかし本当は生きていた。
 彼は自分の出自を隠し、『王宮魔獣研究所』に勤めていたのだ。それはひとえに、幼い頃に出会った天使――アイリス・ファーリエに近づきたいからだった。
 ラディアスには幼少期より魔法の才能があった。様々な属性を使いこなすその様は天才と言ってよかったのだが――闇属性も持っていた。
 そのことで母親から忌み嫌われ、誰からも手を差し伸べられなくなってしまう。同年代の子供たちからは意地悪をされ、母親からは一切の愛情が与えられることなく孤独に……。
 そんなラディアスに唯一手を伸ばしたのが、アイリスだ。

 ――彼女に一目会いたい。

 初めはそんな淡い、乙女のような恋心だった。
 だが、アイリスの側にいるほどに――ラディアスの中で欲が膨らんでいく。
 もっと一緒に、ずっと一緒に、一番近くにいたいのだ――と。

     ***

 ラディアスが身分を隠して勤めていた職場――王宮魔獣研究所に顔を出すと、全員が仕事の手を止めて自分のところへ駆け寄ってきた。
 そしてこちらが声をかけるより早く、一斉に口を開く。
「ラース!」
「違う、ラディアス王太子殿下よ!!」
「そうだった!!」
「「「失礼しました、ラディアス王太子殿下!」」」
 全員が頭を下げたのを見て、ラディアスは苦笑する。
「そんなにかしこまらないで、いつも通り『ラース』と呼んでください」
 ラディアスは身分を偽っていたため、今まではラースという名前を使っていた。そのため、職場のみんなもラースという名前に馴染(なじ)みがある。
 しかし突然そう言われても、同僚とはいえ相手は王太子になった第二王子だ。今まで通り、気安く名前を呼ぶことは(はばか)られる。全員が「うーん……」と悩んでいると、タイミングよくドアが開いた。
(――あ!)
 入ってきた人物に、ラディアス――ラースの瞳は釘づけになる。なぜなら、彼女こそがラディアスの愛しくてたまらない女性――アイリスだからだ。
「おはようございます。魔獣舎に寄っていたら少し遅くなってしまって――って、みんな集まってどうしたの?」
 アイリスが首を傾げると、「いやいやいや」と大きな声で首を振った女性がひとり。ラースとアイリスの後輩、リッキーだ。
「ふたりのことですけど!?」
「あ、ラースが出勤していて騒がしかったのね」
 普段通りの様子のアイリスを見てどこかほっとする。自分に対する態度を変えないでいてくれるのが、ものすごく嬉しいのだ。
(なにせ、俺はアイリスに求婚中ですからね……)
 思わず遠い目になりそうになったけれど、頭を振って気を取り直す。

 ラースは、アイリスが元々の婚約者である第一王子のクリストファー・オリオンに婚約破棄を突きつけられた際に、助けに入り、求婚したのだ。
 祝賀会で、それも国王が見ている前での求婚だった。
 アイリスに断るという選択肢は、本来ならばなかっただろう。けれどラースは、アイリスが自分との結婚を望まないだろうと考え、すぐには答えを求めずに今の関係を継続することを選んだ。
 が、同時にわずかな望みもあった。
 それは、アイリスがラースのことを拒まないということ。自分がしてしまった様々な行為に対して、アイリスは一度も『嫌』とは言わなかったからだ。
 ――都合のいい考えかもしれないけれど。

「アイリスも今まで通り接してくれていますし、みんなもそうしてくれると嬉しいです」
 そう言ってラースが笑うと、同僚たちは顔を見合わせつつも頷いてくれた。中には、「そう言ってもらえると嬉しい」という声も聞こえる。
 すると、ふいにパンと手を叩く音が室内に響いた。手を叩いた人物は、この研究所の所長のグレゴリーだ。
「今まで通りラースと呼んで、ここでは今まで通り研究員として扱おう。じゃが、以前と同じように毎日出勤するのは難しいだろう?」
「ええ。王太子としての執務も増えてしまったので、週に一、二回出勤できればよいかなと」
 ラースの言葉を聞いたグレゴリーやほかの研究員たちは、「思っていたより多いんだな」と驚いている。
(かなり厳しいけど、それ以上アイリスに会えなくなるのは嫌だ……)
 自分の休息時間を削ったとしても、研究所に来ればアイリスがいるのだ。血反吐を吐いてでも出勤すべきだろう。
 そんなラースの思惑をみんなは知らないまま、王宮魔獣研究所は今までと変わらない日々に戻っていった。

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