水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

12年前の約束

「わぁ……！大きな水槽……！」


　水槽の中では、縦横無尽に魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。

　両手を広げた大人が15人ほど居て、やっと端から端まで届くほどの大きな水槽を前にした12歳の河原真央(かわはらまお)は、歓喜の声を上げながらキラキラとした瞳で水槽を見つめた。


　絹糸のような金色の美しい髪と、色素の薄い海のような青い瞳は、黒髪黒目として生まれることの多い日本人の中では、迫害の対象に成りうる。

　真央は水槽に移りこむ自分の姿にうんざりしながらも、両手を広げながらくるくると回った。


　大きな水槽は、幼い真央が両手を広げても、端から端までは届かない。


　水槽の中が魚たちにとって逃げ場がない監獄でも。真央にとって、水槽の中は楽園だ。この水槽の中にいれば、金の髪と青い瞳をもって生まれた真央をバカにする人々から加害されることなく安全に、魚たちと交流ができるから。


「わたし、大きくなったらこの水槽の中で泳ぐの！」

「泳ぐ？この中を？」

「そうだよ！わたしは人魚だから、お魚さんたちとお友達になって、みんなで一緒に泳いだり、ショーをしたりするの！」

「……人魚……？君は、人間だよね……」


　真央の隣には、不思議そうに首を傾げながら水槽を見つめる少年の姿があった。彼はこの水槽を管理する水族館の関係者であるらしく、真央が逃げ場を求めて水族館に姿を見せれば、どこからともなく現れては水族館を案内してくれる。

　真央にとってこの少年は、親切で頼りになる優しいお兄さんだった。


「人間だけど、人魚なの！」

「それは、一体……」

「わたしが大人になったら、見せてあげる！」

「……今すぐは、駄目なの？」


　少年は少女の不思議な言動を耳にして、困ったように眉を伏せながら優しく真央に問いかける。クラスメイト達は真央が人魚と発言すれば、鬼の首を取ったように迫害してきた。少年からバカにする意図が感じられないと悟った真央は、少年へ浮かない表情で理由を説明し始めた。