水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 タン、タンタン。

 螺旋階段を登る小気味のいい音が聞こえた真央は、鼻歌を歌いながらモノフィンをフィッシュテイルから外して、水槽の縁から床へ移動し、人魚から人間に戻るための準備をしていた。


「あ、おに……」


 モノフィンをフィッシュテイルから外し終えた真央が、バスタオルで胸元を覆い隠していたビキニに付着した水滴を拭きながら、フィッシュテイルを脱ごうとした時だ。
 海里が真央の身体に覆いかぶさり床へ押し倒すと、真央の唇を強引に塞いだのは。


「さ、……っ!」


 口内を舌で蹂躙しながら、激しく唇を貪る海里は、息ができずに苦しいと海里の胸を叩く真央のことなどお構いなしに、何度も何度も角度を変えて真央の唇を味わい尽くす。


(息ができなくて、死んじゃう……っ)


 真央は苦しいと心の中で訴えかけながらも、薄目で海里の様子を確認する。


(ああ、でも……。おにーさんにキスされて窒息死するなら、溺死するよりはマシかも……)


 真央はこれほどまでに、至近距離で海里の顔を見たことがなかった。幼少期の面影が一切ない海里の顔は、真央の知る優しげに微笑む優しい少年ではなく、欲望に呑まれた大人の顔をしている。

 海里に唇を塞がれて死ねるのなら、本望だと思い直した真央の気持ちに気づいたのだろうか。

「おに、さ…っ!」

 唇を離した海里は、真央の右耳に、12年前に海里から渡されたイヤリングの片割れをつけていることに気づく。

 イヤリングを舌で舐め取り、器用に外した海里は、口の中に一度イヤリングを含み吐き出すと──床に転がした。


「いや、イヤリング……っ。なんで、外し……っ!?」


 海里は、真央の問いかけに答えなかった。

 水槽の中で人魚の姿で泳ぎ回っていた真央を見て、切なげに瞳を泳がせていた海里の姿は──ここにはない。

 彼の瞳は冷たく冷え切っており、荒々しい手つきで真央の身体へ手を伸ばした。


「おに、さ…っ。ど、して…っ」

 何が楽しいのか。海里は耳たぶを舌で転がして吸い付きながら、ビキニへと手を伸ばす。

(海里にやっと、触れて貰える──その時を、ずっと夢見ていたはずなのに…)

 真央はガタガタと震える身体を抱きしめながら、12年前とは異なる様子の海里に怯えていた。
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