水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

「真央には、理由を話しておくべきだと思った」

「理由?」

「人身売買のようなことは、するべきじゃない」

「あ、あれは、合意の上だよ?」

「悲劇を繰り返す必要はないだろ」

「悲劇……なのかな」

 社長は真里亜を愛しているし、真里亜は嫌がっているように見えても、社長を受け入れていた。

 社長と真里亜の物語は、悲しい終わり方などしないはずだが──海里は犯罪の片棒を担ぐのは嫌だと、真央に告げる。

 真央は二人の物語が悲劇ではないと、どうやって告げるか悩んでいた。


「社長さんと真里亜は、悲劇なんかじゃない。あの二人は、多少周りが強引に背中を押してあげないと幸せになれない運命なんだよ。海里は真里亜の犠牲なんて気にせず、社長さんからお金を……」

「……悪い。建前だ。もう決めた。この決定を、覆すつもりはない」

「海里……」

 海里は一度こうと決めたら、その考えを曲げることがない。

 碧やかつての仲間たちはその性格をよく知っていたからこそ、海里を一人里海水族館へ置き去りにして、去って行った。

(海里がそうやって決めたなら、説得は無駄かもしれないなぁ……)

 真央がどう返事をするか悩んでいると、海里は真央の肩に寄りかかる。
 人肌恋しくなったのだろうか。
 真央は不思議に思いながらも、同じように海里の頭に自身の頭をこつりと重ね合わせた。

「真央は……型に嵌らない生き方をしているな」

「海里は、こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけないって、自分で制限をつけて……雁字搦めになってない?」

「……そうだな」

「制限なんて、つける必要はないよ!私達はいくらでも羽ばたけるから!大海原にいざ!行こう!」



 真央はバサバサと両手を羽ばたかせたかと思えば、ザバザバとクロールのような動作で泳ぐ真似をする。

 その様子を見た海里は笑うわけでもなく、寂しそうにポツリと呟いた。



「……海に、帰りたいか」

「海?」

「水槽の中で泳ぎ続けるのも、飽きただろう。最初から、一年の約束だった。いや、あんな生活。何年も続けさせるわけには……」

「ちょ、ちょっと待って。海里、なんか勘違いしているよ!私が碧さんたちを呼び戻したの、早くマーメイドスイミングのコーチに戻りたいからだと思っているの!?」

「……違うのか」

「違うよ!あれ?私、言わなかったっけ。みんなの力を借りるのは1年だけだけど、私はずっと里海で働くつもりだって……」

「俺と、ずっと。一緒に、居てくれるのか」

「当たり前だよ!私が一体何のために、借金完済を目指していると、思っているの!?」



 最近は人魚姿でなくとも真央と話ができるようになったが、人間の姿で会話していた時の話は、よく聞いていなかったのかもしれない。

 心ここにあらずな海里は、真央の声が届いていなかった。真央はショックを受けているままではいられないと、間違いを正すために勢いよく言葉に食らいついた。

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