水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる


「……そう、か」



 海里は真央の勢いに押されるようにして、小さく頷く。

 真央は何度も唇を動かしては言葉が出てこない海里が、声を出すのをじっと待っていた。



「……俺は、あの女のことは嫌いだが……紫京院グループには、感謝している」

「……うん」

「紫京院が声を掛けてくれなかったら、俺は今頃、死んでいたかもしれない」

「海里……」

「運営会社が変更になれば、来場客や従業員から不安の声が上がるだろう。今、里海は真央のお陰で、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を遂げている。親父が運営していた頃よりも。もっとずっと。大きな利益を上げているんだ。このまま、紫京院に肩替りしてもらった借金を返済し……黒字経営を目指す」

「……わかった。海里が決めたことなら、私はもう何も言わないよ。勝手なことして、ごめんね」

「いや……。真央の行動力にはいつも驚かされている。まさか、碧を引き抜いて来るとは……。あの当時の従業員を集めるのは、骨が折れただろう」

「全然!私は何もしてないよ。川俣さんが連絡先を教えてくれたから。私は教えてもらった連絡先に連絡して、会いに行っただけだよ」

「流石だな。真央以外が声をかけても、戻ってくることはなかった。あの日に戻ったようで……。これから、楽しみだ」



 今まで見せていた生気のない瞳は、どこへ行ったのだろうか。今は生き生きとした瞳で、真央を見つめている。

 海里も、真央がいない間の12年間に選択した出来事の数々を、ずっと後悔していたのかもしれない。

 ──立ち上がった海里は、憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情で、真央に礼を言う。



「ありがとう」

「お礼を言うのは、まだ早いよ」



 掛け違えたボタンを一度すべて外した真央が、上から順番に掛け違えがないよう丁寧に嵌め込んだだけだ。
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