水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 公演の売上だけでも、23億は確定。純粋な来場客だけなら半年間で150万人……毎日動員約1万人を目指すことになるだろう。

 物販の売上が好調な為、必ず動員数が1万人必要なわけではない。

 無理して来場客数を増やそうととしなくていいのは、ありがたかった。



 借金返済の目処が立ったならば、真央はもう身体に鞭を打ち、必要以上の残業をする必要はないのだが──。



(なんか、働いているのが日常になっちゃって。ボケっとしているのが難しくなっちゃた)



 真央は泳ぐのをやめてしまうと死んでしまう魚のように、すっかり仕事人間になっていた。

(そういえば、イルカショーやペンギンショーをしているブースには、ぬいぐるみを展示していなかったなぁ……)

 売店での作業を粗方終えた真央は、新規で開催し始めたショースペース自腹で購入した販売促進用のぬいぐるみを置き忘れていたことに気づく。



『見ているだけで楽しくなるショーを練習中のペンギンさんといるかさん。二匹をモチーフにしたぬいぐるみ、売店で販売中。ぬいぐるみ大3500円。ぬいぐるみ小1200円』



 宣伝文句を描いたホワイトボードをぬいぐるみの首へ下げた真央は、ペンギンとイルカのぬいぐるみを抱えて売店を後にした。



「……だよ」

「……です……」



 真央が普段ペンギンやイルカのゲリラショーが開催されている飼育スペースに顔を出せば、聞き覚えのある話声がして慌てて姿を隠す。

 そろりと物陰から様子を窺えば、長靴を履いてエプロンを付け、しゃがみ込みペンギンたちの身体を洗う碧と、その様子を見つめがら無表情の紫京院が居た。



(あの二人、犬猿の仲なんじゃ……?)



 真央が驚くのも無理はない。あの二人は顔を合わせれば互いを罵り合っていたからだ。

 二人は言い争う様子はなく、淡々と話をしているようだった。

 あの二人は、一対一で話をすれば冷静に話ができると真央も知ってはいるが、二人きりにするといがみ合ってろくなことにならない。

 クリスマスの日には紫京院が行動を起こすと勝手に想像していた真央は、二人が何事もなく振る舞い、喧嘩をしている姿を見て、なんとも言えない顔をしていた。
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