水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(海里のことを、話しているのかな……?)
真央は悪いと思いながらも、声を掛けることによって話の腰を折る気にもならず、その場に留まる。
物陰に隠れた真央は、会話が途切れるのを待った。
「お前には迷惑してんだよ」
「そうですね。あたしは誰にとっても迷惑な存在です」
「お前はこれ以上、何が欲しいんだよ」
「刺激とスリルでしょうか」
「信じられねぇ。相思相愛のあいつらを引き裂くような真似しやがって。お前がスリルとサスペンスを味わうためだけに、海里は6年間も犠牲にしたんだぞ。飛ぶ鳥、跡を濁さず。黙って退場しろよ」
「サスペンスは味わいたくないですね。流血沙汰はごめんです」
「真珠」
「あなたは弟分にそっくりですね」
「はぁ……?俺と海里の、どこがそっくりなんだよ」
「思い込みの激しい所。現実から目を背け、目の前にある幸せへ背を向けて遠ざかる所がそっくりです。流石は山猿です。何年経っても、学習しない」
碧は紫京院のことを、真珠と呼んだ。真央はそれが紫京院の名前であることに気づくまで、随分と長い時間を有してしまった。
(紫京院さんのフルネームって、紫京院真珠なんだ……)
真央はペンギンに餌を上げ終え、テキパキとエプロンや長靴を脱いだ碧が紫京院を抱き寄せる姿を見て、眼を見張る。紫京院の名前が珍しい名前だと驚いている場合ではない出来事が、目の前で起きたからだ。
(え、どういうこと)
真央の頭には、はてなマークでいっぱいだった。紫京院の想い人が碧だと知っていても、碧が紫京院のことを好きだと知らなかった真央は、紫京院と碧がいがみ合っていた姿を思い浮かべながら苦笑いする。
(嫌いの反対は、好きだったのかなぁ…?)
いい年した大人たちは、素直になれなかっただけなのだ。
碧と紫京院が交際することになっても、真央と海里に不利益はない。むしろ、大変喜ばしいことだ。来場客をハッピーにする里海水族館で、紫京院だけがハッピーになる目処が立っていなかった。
(これで、みんなが幸せになれる)
真央は二人に今すぐ祝福の声を浴びせたい気持ちでいっぱいになりながら、ぬいぐるみを抱きしめワクワクとした表情で、引き続き二人の様子を覗き見る。