水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「真央」

「海里……その、ごめんね……?」

「ああ」

 真央と海里が互いを見つめあい言葉を交わしている間に、紫京院は観客を席に誘導し終えたようだ。

 観客と別れて二人の元に戻ってきた紫京院は、真央の耳元に視線を集中させた。



「あら。本当にお揃いのピアスをつけているのですね」

「え?あ、いや、これは!違うの。ええと……」

「今更、何を取り繕う必要があるのでしょう。あたしにはさっぱり理解できません。お互い、欲しいものが手に入ったのですから。あたしは気にしてなどいませんよ」

「あ、うん……そっか。紫京院さんも……碧さんと……おめでとう……」

「ありがとうございます。山猿と女狐の恋を人魚に祝福されるのは、不思議な感覚がしますね」

「え、いや……」

 真央はどう返答していいのか、よくわからなかった。

 紫京院は碧から女狐と呼ばれるのを嫌がっていたはずなのに、自分を女狐と称したからだ。

(人魚は私、山猿が碧さん。女狐が紫京院さんなら……海里はなんだろう……)

 王子様でいいのだろうかと考えを巡らせた真央は、引き攣った笑みを浮かべながら棒読み気味に紫京院へ伝えた。

「ドウイタシマシテ……」

 真央はこれから、3回目の公演を控えている。観客席にはすでに、公演を心待ちにしている観客たちが水槽を見つめている。

 大きな騒ぎに発展して、公演が中止になるのだけは避けなければならない。腕時計を目にした紫京院に釣られるように、真央は時計を確認する。

「今日の担当はあなたでしょう。準備をしなくてよろしいのでしょうか。開演まで10分もありませんよ」

「あっ、いっけない!ありがとう、紫京院さん!海里と一緒に、よかったら見てね!」

「お礼を告げるか、釘を刺すか。どちらかになさい」

「はーい!」

 紫京院が真央の代わりに横へと並ぶ姿を見た真央は、後ろ髪を引かれる思いで螺旋階段を駆け上り、ショーの準備を始めた。

(碧さんと思いを通じ合わせたお陰で、心にゆとりができたかもしれない……)

 態度が柔らかくなっていると知った真央は、急いでモノフィンとフィッシュテイルを身に着けてマーメイドスイミングの準備をする。

 ショー開始の2分前に水へ浸かった割には、いつも通りのショーを披露するあたり、真央はプロのマーメイドだ。
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