水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(んん?紫京院……?)
借金返済の単語が出てきて、海里が紫京院の名で男を呼ぶのならば──彼女の身内なのだろう。
突然大物が出てきたことに真央は驚き、笑っている場合じゃないなと硬い表情で身を引き締める。
(このままじゃ、埒が明かない。もう、いいよね)
あたりを見渡し観客が全員退室したのを見計らい、真央は紫京院の関係者と思われる男と対話するために、ウィッグを取った。
「はじめまして。紫京院さんの、ご親族ですか。あなたが破廉恥なショーと称する、マーメイドスイミングショーに出演していました。河原真央と申します」
「貴様が先程の、破廉恥なショーを披露した人魚だと……!?誰の許可を得て、あの水槽で泳いでいる!」
「か……館長です」
「ありえん!里海水族館の経営権は、すでに私のものだぞ!赤字を脱却?冗談じゃない。この施設は赤字でなければ困るんだ!」
「赤字じゃないと困るって……どういうことですか……?」
「貴様には関係ない話だろう!小娘は引っ込んでいろ!」
真央が詳しい話を聞こうとすれば、男性は怒鳴りつけた。確かに真央は水族館の経営に関係ない小娘ではあるが、半年で50億近くの借金返済を達成したのは真央の手腕があってこそだ。
真央にだって、紫京院グループの傘下となった里海が赤字でなくてはならない理由を聞く権利はあるだろう。
「自社グループの、隠れ蓑にするため必要なのですよ」
「あ、紫京院さん」
そうこうしているうちに、紫京院が姿を見せた。彼女は珍しく真央に好意的で、男性の代わりに里海が赤字でなくてはならない理由を説明し始める。
「赤字で利益を相殺して、税金を浮かせるのです。簡単な話が、合法的な脱税ですね」
「だ、脱税……」
「真珠!お前がいながら、なぜ勝手な行動を許したのだ!一生涯赤字をたれ流し続けていれば、お前の好きな男が手に入るのだぞ!」
「私がいつ、海里さんを愛していると言いましたか」
「なんだと……!?」
「私が愛しているのは、海里さんではありません。海里さんは、私が欲してやまない、愛している人の魅力を引き出すためのいわばスパイスであり踏み台です。海里さん本人は、ただの調味料程度にしか過ぎないのですよ」
海里が調味料ならば、碧は紫京院好みに味付けされた高級料理と言った所だろうか。独特な表現に真央が引き攣った笑みを浮かべれば、紫京院は海里の背中を突き飛ばし、真央の方へと押しやった。