水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「里海水族館は、これから大きな利益を上げるでしょう。お父様にとって里海水族館は、税金対策にちょうどいい赤字施設。黒字に転換すれば、お父様にはメリットどころかデメリットにしかなりません。それでもまだ、里海水族館を傘下に入れたまま、飼い殺しにし続けるのですか」
「真珠!お前は私の娘だろう!お前はどちらの味方だ!」
「肉親だから、必ず味方にならなければならない法則などありません。さぁ、お父様。今すぐご決断ください。このまま黙って手を引くか、里海水族館が大きな利益を生み出し黒字に転じた際――莫大な税金を支払うか。二つに一つですよ」
「ぐぬぬぬ……」
紫京院の父親が、初めて押し黙った。
どうやら、娘の言葉は父親に相当のダメージを与えたようだ。
真央には何がなんやらさっぱり理解できなかったが、紫京院グループの傘下から切り離すよう提案しているらしい。
(最悪は、もう一回真里亜を使って社長にお願いすればいっか)
紫京院グループの傘下から切り離されたら、会社の所有権は海里の元に戻ってくる。
今までは紫京院のネームバリューによって赤字を垂れ流していても問題なかったが、後ろ盾がなくなるので、金融機関から早急に金銭を支払うように要求されることも念頭に置かなければならないだろう。
「もういい!好きにしろ!お前は金輪際、私の娘を名乗るな!」
「ええ。怒りん坊を父と崇める必要がなくなって、あたしも清々しい気分です。今まであたしを育ててくださり、ありがとうございました」
「えっ、えっ!ええ……」
彼女が父親に向かって頭を深々と下げれば、真央の驚く姿など目もくれず。男はずんずんと大股開きで去って行った。彼女の父親が姿を見せ、この場を去るまで。紫京院には迷惑をかけないと言ったっきり黙り込んでいた海里は携帯を取り出しディスプレイを確認すると、淡々と呟く。
「まずいな」
「ま、まずいよ!紫京院さん、売り言葉に買い言葉で親子辞めるなんて言ったら!」
「それはどうでもいい」
「どうでもよくないよ!勘当なんて……っ」
「あたしのことはどうでもいいです。海里さんの話を聞きなさい」
「ふぐぐぐ……っ」
紫京院は真央の口を手で塞ぎ、海里の話を聞くように真央へ促した。真央はバタバタと両手を動かし、今すぐ父親を追いかけるように紫京院へと告げたが、彼女はこの場に留まり続けている。
やがて真央は、窒息死しかけて目の前が真っ暗になり――。
「紫京院。手を離せ」
「あら。ついうっかり」
「きゅう……」
口から紫京院の手が離れた瞬間に、へなへなと力が抜けた真央の身体が床に投げ出されそうになる。