水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(かっこいいなぁ)
海里の姿にときめいた真央は、なれない動作で泳いでいる最中に気を反らしたからか。足が思うように動かなくなり、パニックに陥った。
(……っ、ヤバい。足攣った……!)
プロのマーメイド達はセルフレスキューの技術を受講している。モノフィンを持って足を伸ばそうとするが、今度は息が続かない。コポリコポリと新鮮な空気を求めて喘いだ瞬間、口の中に水が入り込み、喉を抑えた真央は虚空に手を伸ばす。
(あ、まずい)
上に手を伸ばした所で、助けてくれるパートナーはどこにもいない。
死を覚悟した真央が、正常な右足を動かし、上半身のしなりだけでどうにか上を目指していた時だ。薄れる意識の中で。真央の手を引っ張り上げ、身体に触れた上半身裸の人物を目にしたのは。
(上半身裸の、人魚……。マーマン……?)
真央が左足の痛みと息ができない苦しみに耐えながら視線を下にずらせば、上半身裸の人物がフィッシュテイルとモノフィンを身に着けていることに気づく。顔を見る暇もなく水から顔を出した真央は、飲み込んだ水を勢いよく吐き出した。
「ぷはっ。げほっ、げほげほっ」
苦しいなんてものじゃない。
真央は上半身裸のマーマンに抱きつくと、何度も咳き込む。顔など見る余裕もない。ただ、彼の身体に手を回した感覚だけが、よく知っている誰かの身体とよく似ていることだけをなんとなく感じるだけだ。
「大丈夫か」
「はー……っ、は……っ!う、ぅ……っ。い、いたい……っ」
聞き覚えのある声に大丈夫だと返事をする余裕もない。
どうにか身体を支えられたまま腕の力で床に転がった真央は、その時初めて自分に覆いかぶさるマーマンが、よく知っている人物であることに気づいた。
「い、いた……っ。か、かい……り……?」
「ああ」
「海里……。マーメイドスイミング、できたの……?」
「約束したろ。巨大水槽で溺れたら、真央を助けるために。資格を取っておけと」
「じゃ、じゃあ……海里が、10人目……?」
足を伸ばし、痛みに耐えながら真央は海里に問いかける。海里は真央の問いかけに肯定した。
(ああ、だから会長さんは私にどうにかしろと言ったんだ)
海里が10人目のマーマンであれば、説得できるのは確かに真央しかいないだろう。海里は紫京院と婚約破棄をしてから自由に館内を動き回れるようになり、徐々に観客誘導以外の仕事も始めた。