水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「好きで居続けられるわけ、ないだろ」

「海里ぃ……!」

「好きだったら。再会して早々……冷たく接するわけ、ないんだよ……」


 海里は真央に表情を見られたくないから、わざと背を向けているのだろう。苦しそうに低い声で気持ちを伝えてくる海里の言葉が、本心とは思えない。

「……約束、した、から……っ。私はずっと、海里のこと……っ!」

「まだ、そんなことを言ってるのか」

 海里は真央を振り返り、低い声で言葉を紡ぐと共に睨みつける。

 真央は再び涙でぐちゃぐちゃになったブサイクな顔のまま、縋るような視線を海里に向けた。

(目の前にいるのは、海里で間違いないはずなのに。海里は、私の事。嫌いになったの……?)

 海里の姿をした別人が、海里を騙っているのだと──そう思い込めたのなら、どれほどよかったか。

 12年前とは似ても似つかない容姿と中身であったとしても、彼が里海水族館で館長として働く川崎海里である限り、彼は真央の愛する人だ。


「お前の知ってる俺は、本当の俺ではない」

「ち、ちが……っ、違う……っ!違う、よ……!私、海里にだったら、全部……っ、全部、あげる、から……っ!」

「ーー俺がほしいのは、お前じゃない」

 諦めてはいけない。

 真央が諦めてしまったら、海里が一人になってしまう。

(海里は一人ぼっちの私に、寄り添ってくれた。結婚しようって。大好きだって約束をしてくれたから……)

 今度は真央が、海里に寄り添う番だ。

 真央は何があっても、海里を諦めない。


「……馬鹿真央。遅いんだよ。来るのが……」


 真央が胸の中で決意すると、海里が苦しそうな胸の内を──消え入りそうな声で吐露した。

 海里の声を聞き逃すわけがない。海里から、苦しそうな声が聞こえたのは、きっと気の所為ではないはずだ。


「わ、私……っ!遅く、なっちゃったけど……っ。約束は、守る、から……!」

「約束は無効だ」

「……やっ、やだ……!私は、海里と結婚するの……!」

「……出来るか、アホ」


 川俣は海里が変わったと、真央に告げた。

 傷つくから、会うのはやめろとアドバイスしてくるほどだ。覚悟はしていたが、海里は何も変わっていない。


(アホじゃない。出来るよ。どうして、私のこと好きって言ってくれないの?)


 なぜ、再開した直後に突然襲いかかるような真似をして、冷たく突き放すようなことをするのか。
 真央には見当もつかない。
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