水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「海里は私を喜ばせる天才だよ!なにも持っていないって、卑屈になる必要なんかないの。それよりも……口調……」

「ずっと、気にしていただろ。口調を戻すタイミングを伺っていて……遅くなった。ごめん。真央はずっと、昔の俺に会いたがってたよね。これからは、ちゃんと……真央を支える、男に戻るから」

「ど、どっちでもいいよ!私は、優しい海里も、心を閉ざしている海里。どっちも大好きだから!」

「ありがとう。俺も真央が好きだよ」

 心の底から嬉しくて仕方ないと。満面の笑みを浮かべる海里を見た真央は、海里に勢いよく抱きついた。

 従業員達はいちゃつく館長と売店の店員を、呆れ顔で見つめている。

 二人の世界に入り込んでいる海里と真央は、向けられる視線など一切気にした様子もなく、幸せオーラを醸し出していた。

「真央、このあと……」

「あっ。いけない!紫京院さんと会う約束をしていたんだった!」

 いい雰囲気になった所で、海里が真央を自室に連れ込もうと誘おうとした時だ。真央は紫京院と会う約束を思い出して、海里から視線を反らしてしまった。

「俺も一緒に行くよ」

「海里、お仕事は……?」

「今は余裕があるから」

 海里は息をするように、嘘をついた。

 自室には海里が処理するのを待ついる書類が、机の上にうず高く積まれている。

 書類の処理に疲れた海里は、気分転換しようと決め──真央と寄り添い、紫京院の勤務場所である案内所を目指した。

「紫京院さん、お待たせ!」

「海里さんもご一緒なのですね」

「一緒にいたら、不都合でもあるのかな」

「いえ。不都合などありませんが……雰囲気が変わりましたね」

「紫京院さんも、わかった!?海里はね、これが本当の話し方なんだよ!私を優しく包み込んでくれて、面倒見がよくて……。大好きで、大切な人なの!」

「そうですか」

 紫京院はどうでも良さそうに、真央の叫びを受け流す。

 海里は真央の言葉にもっと興味を持てと紫京院を睨みつけていたが、彼女は目の前でいちゃつく二人ではなく、愛する碧を思い浮かべ、平常心を保つことにしたようだ。
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