水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

　海里の考えていることが何一つわからないとしても──真央は海里を嫌いになるなど、あり得なかった。

「海里……。私、大丈夫だよ……。海里ならどんなに酷いことされても……見捨てたり、しないから……」


　複雑な表情で真央を見つめていた海里と、目が合った。

　真央を時折切なげに見て、熱っぽい視線を向けたかと思えば、すぐに真央を睨みつける。まるで百面相だ。

　どれが本当の、海里なのだろうか。


　それがすぐにわかれば、真央は泣き叫びながら海里に懇願などしていない。

「ごめん。何が最善なのか。俺にはもう……わからないんだ……」

　海里は再び真央へ背を向けると、小さな声で12年前の面影が残る優しい声音で懺悔を口にして、その場をあとにした。

「海里……」

　一人取り残された真央は、フィッシュテイルを身に着けたまま床に転がる。

　このまま水槽に戻って泳ぎたいけれど、泣きつかれた身体を水槽の中に沈めたら、そのまま水槽の奥底に沈んで溺死してしまいそうだ。

（海里は変わってしまったんじゃない……。変わってしまったように、見せかけているんだよね……）

　真央は人魚姿のまま広々とした床の上をゴロゴロ転がり、言いようのない思いを消化しようと必死になった。

（ねぇ、海里……。何があったの……？
）

　目を閉じれば12年前の光景を、昨日のように思い出せる。

　真央に優しく笑いかけてくれた海里が、無理をしているのは明らかだ。

　真央にすらも嘘をつかなければならないほどに、海里は追い込まれている。

（助けなきゃ）

　真央は勢いよく両頬を挟み込むと、音を立てて数度叩いた。

　夢であれば痛みを感じないはずの頬が、ヒリヒリと痛みを訴えているのが悲しくて仕方ないけれど──真央には悲しんでいる暇などない。

（一人では無理かもしれないけど……私はもう、一人じゃない）

　一人ではできないことも、みんなと一緒なら叶えられる。

　それを教えてくれたのは、海里だった。今こそ、真央が成長した姿を海里に見せる番だ。

（海里、待ってて。私が絶対……海里を助けるから……）

　明日からは、元気で明るい真央に戻るから。

（今だけは……）

　目元を両腕で覆った真央は、大声を上げて泣き叫んだ──。