水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「それで、紫京院さん。どうして私を、名前で呼んでくれたの?」

「真央の名前を……呼んだんだ」

「あたしに名前を呼ばれるのは、嫌なのですか」

「うんん!全然!嬉しいよ!」

「俺は嫌だな。お前の顔も、見たくないのに……お前と碧が愛し合っているから……。真央の名前を呼ぶなんて……」

「海里、落ち着いて。紫京院さんは同性だし、歳上のお姉さんだよ?私を名前で呼んでも、何か起きることないから。ね?」

「まぁ、なにも起きないなど……真央さんは薄情な方でしたのね。年齢を知るまでは、あたしとお友達になりたいと誘ってくださいましたのに……」

「紫京院さん、私とお友達になってくれるの!?」

「真央さんが望んでいないなら、構いませんよ」

「やったー!私、紫京院さんとお友達になる!」

 真央は飛び跳ねるほど大喜びして、紫京院に渡した鮫のぬいぐるみを撫でた。鮫のぬいぐるみに、新しい友達を並べる必要があるだろう。真央は人魚だが、人魚のぬいぐるみは製造されていない。

「紫京院さん!今度鮫のぬいぐるみに、お友達を連れてくるから!私だと思って可愛がってね!」

「置き場もありませんから。あたしは鮫だけで十分ですよ」

「私が置きたいの!」

「真央、行こう」

「あ、海里……っ」

 紫京院と真央が友達になったことを、海里は許せないのだろう。

 真央の手を強く引っ張ると、海里は売店を目指し歩き始めた。

「真央は、俺のマーメイドだよね」

「うん。そうだよ……?」


 海里は売店の前につくと立ち止まり、真央と交換していたピアスを片耳から外すと、真央に手渡した。

「海里……?」

「真央と俺のピアス、交換しよう。もう二度と、離れないように」

「……うん」

 片耳分のピアスを受け取った真央は、同じように片耳のピアスを外し、海里に手渡す。

 二人はずっと、この時を待っていた。借金を完済し、二人で歩む未来を手に入れる──この時を。

 売店に備え付けられた鏡を見ながらお互い左右異なるピアスをつけた海里と真央は、笑い合う。

 くすくすと声を押し殺して笑いあったあと、海里は真央にプロポーズをした。


「結婚しよう」

「喜んで!」

 プロポーズするような雰囲気やムードではなくとも、この時を待ち望んでいた真央には大した問題ではない。
 二つ返事で海里の求婚を受け入れた真央は、海里の手を取り──お互い、何事もなかったかのように別れを告げて、仕事を続けた。
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