水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
人間では駄目でも人魚なら……
「この水槽を使わせてください!」
海里は水族館の地下3階。巨大水槽前で暮らしているらしい。
いつもぼんやりと巨大水槽の前で水槽を眺めている海里は、どうやら一日中無気力にここで水槽を眺めているようなのだ。
真央は海里が館長としての仕事をしている姿を見たことなど、一度もなかった。
だからこそ、意地になっていたのだ。
まるで死んだように身じろぎの一つもせずぼんやりと水槽を見つめる海里に、館長としての仕事をさせるため──水族館で働く従業員の許可を経ず勝手に、毎日関係者以外立ち入り禁止の黄色いテープを跨ぎ、地下3階の巨大水槽前で置物になっている海里に分厚い資料を見せつける。
「マーメイドスイミングって凄いんです!この間私がここで泳いだ時は、基本の動きしかしていないので、派手さはありませんでしたが……!マーメイドスイミング協会に所属しているメンバー全員でのパフォーマンスは、観客をわっと驚かせるような、素晴らしいものであるとお約束します!」
真央はその資料を見ようともしない海里へ、よく回る口でペラペラと補足説明をしながら、許可を得ようと必死になっていた。
「補足資料のここ!ご覧ください!演目のストーリーと、誠に勝手ではありますが販売予定のパンフレット案を記載しております!これは私が、この水族館のために描き下ろしたストーリーで――」
「………………」
「もちろん、毎年色んな演目ができるように、ストックは山ほどあります!一番最後のページには、水族館で暮らす魚たちと一緒に、泳ぐ演目も用意しました!すべてタイトルと簡単なあらすじのみを掲載していますが、詳細なパフォーマンスが見たいとのご要望があれば、3日で動画を作って持って来ます!」
「………………」
「え、ええと……。ここに羅列している海の仲間たちは…………ほとんどいなくなってしまったみたいですけど……でも!安心してください!今展示されている仲間たち向けの演目も熱意制作中です!明日には!ストーリーを考えてお持ちします!何卒!何卒使用許可を頂けないでしょうか……!」
真横で資料を無理やり海里の手に握らせ、パラパラと捲めくってはマシンガントークを繰り返す真央に、彼は一切反応を示さなかった。