水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(やっぱり、そうだ)

 海里の心を動かせるのは、人魚姿の自分だけなのだと気づいた真央は、今度から海里にまず話しかけるのではなく、彼が水槽の前にいることを確認してすぐの水槽へ飛び込もうと決めた。



「……ん、しょ……」



 二本の足がフィッシュテイルの中へ収納されて一本に脚になる。

 この状態で陸の上を移動するのは大変だ。腕と上半身の力だけで移動しなければならない。

 下半身がまったく動かないわけではないので、フィッシュテイルの中に収まった足を左右に振り回しつつ、両腕を床についてゆっくりと水槽の縁へと腰掛ける。あとは、手のひらをぴったり床につけ、上半身と腰を浮かしてズルズルと水槽から距離を取ればいい。モノフィンをフィッシュテイルから外した所で、呆れ顔の海里が姿を見せた。



「海里!」

「……何を伝えたいのか、全然分からなかった」

「ええ?」

「資料には目を通したが、俺はお飾りの館長だ。絶対に金が稼げる保障がなければ、この水槽を一般開放してショーをすることはできない」

「お飾り館長……?」

「俺には俺の事情がある。あまり深く突っ込むな。そもそも、この場所でお前以外の人魚が泳ぐことに、俺は強い抵抗を抱いている」

「……私はいいの?」

「この水槽は、お前のために作った」



 約束は無効だと告げたのを、海里は忘れてしまったのだろうか。

 約束は無効、馬鹿、アホと。真央を辱めながら告げたくせに、海里は今、この水槽は真央の為に作ったと称した。

 どうやら、真央がこの水槽でマーメイドスイミングをすることに関しては歓迎しているようだ。



 真央がマーメイドスイミング仲間を連れて泳ぐのは嫌だが、この場所で客にショーを見せるのは、金銭面での保障があれば構わない。



 そう受け取った真央は、確認のために海里へ質問をした。



「私一人で、水槽の中で泳ぐ姿を見せるのは?」

「駄目だ」

「私がここで海里に泳いでいる姿を見せるのはいいのに?」

「お前は、なんのために泳いでいる」

「……海里とお話する為?」

「なら、俺のためだけに泳げ。安売りはするな」

「ええ……。私、今マーメイドスイミングのインストラクターをやっているの。海里の為だけに泳ぐのは問題ないけど、お外で泳ぐのも駄目って言われたら、無職になっちゃうよ……」

「仕事にしたのか」

「そうだよ!マーメイドスイミング協会の公認マーメイドは、日本で10人しかいないの!私は選ばれし10人の一人なのです!」



 海里はじっとフィッシュテイルを見つめている。

 真央はマーメイドらしい動きでもしようかと、床にゴロゴロと転がったり、膝の曲げ伸ばしや、フィッシュテイルを上下させた。

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