水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「おじゃましまーす!」

「……」

「よろしゃーす!」

「……」



 2日ぶりに訪れた巨大水槽前には、大量のパイプ椅子が並べられていた

 背もたれには番号が書かれており、当日はこの番号に対応する場所に観客が座る予定らしい。どのように番号を割り振るかは事務処理組がああでもないこうでもないと揉めていたので、真央はあまりよく理解していなかった。

 番号が背もたれに書かれているあたり、本番を想定した客入れをするのかもしれない。



 海里はパイプ椅子の最前列、中央に腰掛けてぼんやりと巨大水槽を見つめている。

 真央が声を掛けても反応を示さなかったが、マーマンの仲間が海里に元気よくあいさつをすれば、マーマンの彼に視線が向かう。



「なんかオレ、気に触ることした?めちゃくちゃ睨まれてるんすけど」

「気にしたら負けよ」

「ええ……」

「海里!水槽の中でテストさせてね!これからみんなで私が考えた演目をやるから!」

「………………」



 海里は真央の言葉が聞こえているのか、いないのか。マーマンを射殺しそうな目で睨みつけたかと思えば、相変わらず置物のように死んだ目で巨大水槽を眺めていた。

 心ここにあらずの海里は放っておいて、各々服を脱いで水着の上からフィッシュテイルとモノフィンを装着する。一斉に入念なストレッチをしてから、水槽の中へ飛び込んだ。



 マーメイドスイミング協会の会員は、ハンドサインと手話を交えて会話をする。

 パシャパシャと水を跳ねる音が聞こえたかと思えば、誰かが手話で意思疎通を図ろうとしているのがほとんどなので、気が抜けない。団体でのショーは、常に周りを気配る必要があるからだ。



『めちゃくちゃ深くね?』

『横幅広すぎ』

『一回通しでやってみよう』



 全員が頷き合い、指で3カウントを取り一斉にヒップターンをしてから最深部に近い場所まで潜り、身体全体を大きく見せるようにゆらゆらと腰を振った。

 外で流れる音は水中に聞こえることはないが、観客席に流れるBGM通りの動きをしなければならない。記憶した通りに、覚えた技を繰り出していく。

 突然息が続かなくなったとか、振り付けを間違えたりカウントを飛ばそうものなら調和が乱れる。大切なのは、客の没入感を途切れさせないことだ。

 誰かが間違えたら、派手な技で注目を集めてカバーする。苦しいときは意識を失う前に陸へ上がり、呼吸を整えてから持ち場に戻るのが鉄則だった。

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