水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 慣れないうちは、この切り替えとカバーが難しい。プレショーはどんな有事にも対応できる資格者5人がパフォーマンスを披露する為、どんなトラブルも乗り越えられるだろうが……。

 無資格の経験が浅いメンツを3人引っ張るのは、厳しいものがあるだろう。



 水槽の中で真央が縦横無尽に泳ぎ回っていれば、やはり海里は興味を示すらしい。ぱっちりと目があったので、両手を振ってやれば、何か言いたげに顔を顰めた。



 何か気に食わない所でもあったのだろうか。



 リハーサルを終えた真央は仲間たちと共に水槽から床に上がると、ああでもないこうでもないとミーティングを始めた。



「いや、広すぎだろ……」

「思ってた以上だったわ」

「水深3mで普段練習しているから、単純計算で倍かしら」

「慣れてない奴らに、下まで潜らせると事故るぞ」

「そうだよねぇ」

「どうする?もっと下まで潜るか?」

「うーん、小物とかで誤魔化したいな……」

「今から小物用意できるの?本番は明日だよ」

「宝箱とか、パネルとかなら……?」

「行き当たりばったりで不安です……」



 真央が仲間たちと議論していれば、カタンカタンと音を立てて海里が螺旋階段を上がってきた。真央がその音に気づいて上半身を起こせば、海里は一直線に真央へ向い、強く真央を抱きしめた。



「海里?どうしたの?濡れちゃうよ……?」

「プレショーを成功させ、本格的にこの巨大水槽をシアターとして運用するなら、条件がある」

「条件?」

「うちで働け。ショーには出るな」

「えっと……?パフォーマーとして、中途採用じゃないの……?」

「理由はなんでもいい。真央は、俺の専属人魚だ。他の奴らには渡さない」



 まるで告白のようだ。そのまま好きだと伝えてくれたら、真央は勢いで海里の言う通り行動したかもしれないが――借金問題から、目を逸らすことはできない。

 目を逸らし続けていた結果、甚大な赤字を生み出し続けているからだ。真央は赤字に立ち向かい、海里の為に戦うと決めた。



(一度決めたことを、覆したくない)



 マーメイドスイミング協会の仲間たちを巻き込んだ以上、これは海里と真央の問題ではない。パフォーマンスショーに関わる全員の問題だ。今更、降りる選択肢など、真央には存在しなかった。

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