水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「それは困るよ。私がショーに出て、みんながやりたくないことをカバーしなくちゃ。私が出られない日は、妹にお願いするつもりで準備しているし――」

「駄目だ」

 初日は真央に冷たかったはずの海里は、真央の事情は一切配慮するつもりなどないようだ。真央の言葉に厳しい声を返す海里に、真央はめげることなく言葉を重ねる。

「海里の人魚って言ってくれたのは、嬉しいよ?すごく、嬉しい。あのね、借金のこと話したら、みんなで協力して、1年で返せそうって話になったの。里海水族館の従業員になることはもちろん了承するけど、ショーに出ない選択肢は、私の中にはないかな」

「真央」

「私は海里の人魚だよ。海里が困っているなら、全てを投げ売ってでも助けたいの」

「……真央が自分の身体を、安売りする必要はない」

 今日の海里は、なぜか優しい。
 真央は海里が12年前に戻ったようで嬉しくなり、花が綻ぶような笑顔を浮かべると、海里に告げた。

「一人で苦しまなくていいんだよ。海里は一人じゃない。絶対、私がなんとかするから」

真央を強く抱きしめた海里は、真央の笑顔を独り占めしようとしたらしい。真央が海里に向けて笑いかけ念を押すと、海里はなにか言いたげに何度も口を動かしては視線を反らす。

「ね?」

 真央の念押しが、海里を夢から覚まさせてしまう。
 彼は無言で真央の身体を離すと、死んだ目をしてふらふらと螺旋階段を降りて地下の巨大水槽前に戻ってしまった。

 張り詰めていた緊張の走る空間から、穏やかな空気が戻ってくる。



「ねぇ、真央。今のがお飾り館長?」

「そうだよ」

「そういう関係なの?」

「どういう……?小さい頃に、約束はしたよ。大きくなったらずっと一緒にいるって」

「結婚の約束したってこと?」

「うん」

「ええ……」

「俺、刺されるかも……」

 男性人魚──マーマンは、海里から刺されるんじゃないかと怯えている。
 真央はなぜマーマンが怯えているのかわからず、あっけらかんと言い放つ。

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