水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「わたしは、少しでも助かる可能性がある所で人魚さんになりたいなぁ。一人で死ぬのは怖いし、寂しいもん。みんなが見ている前で死んだ方が、生きててよかったなぁって幸せに包まれて死ねるし……」

「……溺れる前提で、水槽の中を泳ぐことが夢だと言うなら。君は死に場所を探しているように聞こえるけれど」

「おにーさん、鋭いなぁ」


 明るい声を出すように務めていた真央は、その時始めて少年の前で笑顔を消した。キラキラと美しい瞳で水槽を見つめていたはずの瞳が、汚水のように淀む。


「わたしね、居場所がないんだ……」


 日本の海は、ハワイとは全く異なる。地域にもよるのだろうが、真央が暮らしている近辺の海は、とにかく汚かった。汚水で汚れた、泥水のような海。真央が人魚になろうとすれば、物珍しさにカメラを向け、無許可で撮影し、いやらしい視線を向けてくる。人間がビーチで人魚になることに、何の疑問を抱かないハワイとは大違いだ。


「ほら。わたしの髪。金色でしょ?」

「……うん」

「クラスのみんなはみんな黒髪だから。茶髪に染めたい子にはずるいって言われるし、黒髪の子たちには不良って言われて。黒髪のウィッグを被るようになったら、今度は不自然だってウィッグを剥がされたり……」

「いじめじゃないか」

「そう。殴る蹴るとか、暴力的なものじゃないけど、ね。お父さんとお母さんに相談したら、お仕事の都合で、ハワイに行くことになったの」


 少年には話をしなかったが、真央には病弱な妹がいる。父の生まれ故郷である日本にやってきたのは、妹の治療費がバカにならないからだ。ハワイに比べて、日本の方がまだ物価が安い。病弱な妹は日本で治療を受けることでだいぶ丈夫になってきたが、何度も大きく体調を崩すようでは、河原家は立ち行かなくなってしまう。


 妹の治療費と、姉である真央が小学校で受けるいじめを天秤に掛けた両親は、母の生まれ故郷であるハワイに戻ると決めた。


「ハワイ……。観光地に住むのか。大変そうだな」

「ハワイはお母さんの育った国だから。金髪でも何も言われない。いつでも人魚さんになって海を泳げるし、悪いことじゃないよね」


 悪いことじゃない。その割には、真央の顔色は優れなかった。

 ハワイには彼がいない。真央にとって日本……小学校は、地獄のような場所だった。

 母親譲りの金髪は、黒髪が地毛の日本人には受け入れられることなく、心無い迫害を受ける。

 水族館の少年くらいだ。明らかに日本人離れした金髪と青い瞳に反応を示すことなく、真央を受け入れ話し相手になってくれたのは。
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