水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 海里の低い声が、真央に勇気を与えてくれる。

 失敗は許されない。


「スイマーズ。レッツゴー!」


 スピーカーから曲が流れる。

 水中では一切曲が聞こえないため、息継ぎの際に一瞬聞こえる曲を頼りに、タイミングなどを合わせていく。


(大丈夫。私は本番、強いから)


 身体を直角に曲げ、足をまっすぐ天井に向けて立てる。水中の中で逆立ちするようなイメージだ。この状態でモノフィンを動かし、水槽の深くまで勢いよく沈んでいく。


 くるり一回転して頭を上に、足を水槽の最深部に向けてフィッシュテイルを上下に動かしながら立ち、巨大水槽の内側からゆっくりとガラス越しに観客を見渡す。


 水槽の前には、見渡す限り。一面の観客がいる。


 いつもは海里の為だけに泳いでいた真央も、今日は海里だけの人魚ではない。15分間の短い時間。集まった人達の思い出になるショーを披露するべく、ニコニコと笑顔で観客全員と目を合わせるつもりで見渡してから、水中でパンパンと両手を叩いた。


 5人のマーメイドとマーマンが、巨大水槽を泳ぎ回る。5人全員が揃って水槽の中で泳ぎ回るのは、息継ぎの関係で難度が高い。

 序盤は練習と同じ動きをぴったり繰り出すことができて、真央はますます張り切った。


(お客さん達、楽しそう)


 いい年した大人たちですらも、キラキラとした笑顔で真央達のパフォーマンスを眺めているのが印象的だ。

 このショーを見た子どもが、親にマーメイドスイミングをやってみたいと話すことにより、インストラクター業務の商売繁盛に繋げる心づもりでいたが、何も子どもに限定をする必要はないのかもしれない。大人だって、マーメイドやマーマンに憧れるのだ。


(体型を気にする人もいるけど――)


 太っていたり、ガリガリに痩せていたとしても。それは個性の一つだ。

 何事も経験してみなければわからない。金銭面の負担を気にして、興味を持った人々が単独で、大した訓練も受けずにフィッシュテイルとモノフィンを購入し、海へ繰り出すようなことがあれば重要な事故に発展する危険性はある。

 ――少なくとも、マーメイドスイミング協会の門を叩けば。絶対に真央は、興味を示した人々を満足させる自信があった。
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