水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「絶好調じゃねぇの!」

「海里が見てくれてるから!」


 息継ぎのタイミングで、マーマンに声をかけられた真央はそう宣言すると、小さな水槽の中で窮屈そうに待機していた亀を抱え、共に巨大水槽の中へと潜っていく。


(動物虐待って言われないかな……?)


 真央は不安になりながら、亀の甲羅に捕まって水槽の最深部までゆっくりと、水の中をたゆたう亀と一緒になって泳ぐ。


 海の仲間たちと泳ぐのは、真央の夢だった。大人になったら、この巨大水槽マーメイドとして泳ぐこと。それも、たくさんの観客を前にして。

 真央は今、その夢を叶えた。世界で一番幸せな人魚だった。


 ここが海の中でなければ、今すぐに大声で海里に感謝の言葉を叫びたいくらいだ。ゆくゆくは、亀だけではなく、たくさんの魚たちと一緒に泳ぎたい。


 手鏡を持って自分の顔を覗き込み。

 櫛を使って髪を解き。

 物珍しそうに宝箱から宝石を取り出し放り投げる。


 ころころと落ちていく宝石を仲間のマーメイドが受け取り、くるくると身体を捻りながらおいかけっこを始めた。

 海の中の人魚姫をテーマにした公演は、人魚姫が陸に上がり、王子と恋に落ちる前。姉妹やマーマン、海の仲間たちと幸せに暮らしていた頃の光景を切り取って上演するイメージで真央が作り上げたものだ。


 現在、観客席にはBGMに合わせて、水槽の中で行われているパフォーマンスを説明したナレーションが流れているはずだ。真央が事前に収録したもので、声が流れている間、観客たちは聞き入っているような反応が見られて、嬉しくなる。


 突貫工事の一発録り。拙いナレーションではあるが、観客たちが喜んでくれるのなら、声を吹き込んでよかったと思う。

 金銭面で余裕ができたのなら、真っ先に声当てのプロへ頼み直そうと考えながら。真央はフィナーレに向けて、縦横無尽に水槽の中で身体を動かす。


(あ。いた。海里……)


 真央はフィナーレを迎えると心に余裕ができたようで、練習通りのパフォーマンスを披露しながら海里の姿を探した。

 巨大水槽前の広場は、全680席。入り切らなかった観客と従業員一同は、一枚のガラスを阻んだ2階のバルコニーで真央達のパフォーマンスを鑑賞している。

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