水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 巨大水槽の中央で真央たちがパフォーマンスをすれば、巨大水槽前の広場からではやや見上げるような形になるが、2階席からならまっすぐ真正面を見つめればいいだけだ。

 最深部まで潜れば、見下ろすことになるが――海里は巨大水槽前の広場、最後列で腕組をして立っていた。眉を顰め、あまり機嫌はよくなさそうだ。

 自分の為だけに泳いでほしいと発言していたこともあり、大多数の前で泳いでることに苛立ちを感じているのかもしれない。


 それか、公演内容に文句があるのか。


 真央が海里について考え込んでいると、好き勝手に泳いでいた亀が目の前にやってきて、くるりと横に回転する。

 真央たちが先程まで回転していたので、真似をしているのだろうか。

 本物の生きている亀に、芸を覚えさせるのは難しい。巨大水槽の中に亀を入れて泳がせるのは海里から許可を得たが、意思疎通すら困難な状態では、水槽の中に放り投げてから撤収するまでに大した出来事は期待できないと思っていた。

 ――真央は予定を変更して、亀と全く同じ動きをした。


 くるり、くるり。亀とマーメイドがダンスを踊るように。


 真央が回れば、亀も回る。

 息継ぎをするため真央が上部を目指せば、亀も両手両足を動かしてついてきた。

 どうやら懐かれたらしい。


「亀さん!もう一回!」


 水の中から顔を出した真央は、亀に向かって声を掛ける。亀はプカプカと不思議そうに水の中から顔を出して浮いていたが、真央が潜水を開始すれば、静かに水の中へ潜りついてきた。


 フィナーレ終了後、亀は先に巨大水槽の中から撤収させるはずだったのだが、仲良く中心部まで戻っていたことに、仲間たちは驚いていた。

 仕方ないなと肩を竦めて、全員で決めポーズを披露すれば。ちょうど曲が止まったのだろう。観客たちが拍手して、一斉にガサゴソとカメラを取り出し始めた。


 真央たちが決めポーズで停止すれば、亀もまた短い手を前に差し出してポーズを決めている。真似が得意な亀に愛着が出た真央は、甲羅を優しく撫でると、腰とフィッシュテイルを動かして観客を誘惑するように勢いよく水の中で足を動かす。


 マーメイドの魅力は胸から腹部、フィッシュテイルに覆い隠された頸部までの肌が見えるラインだろう。

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