水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 両手でその辺をなぞり、くるりと横に一回転した真央は、巨大水槽の前でバイバイと手を振って亀と共に上部へと泳ぎ、撤収を始めた。

『本日はご来場頂きまして誠にありがとうございます。後方のお客様から順番に、退出のご案内を致します。係員の指示があるまで、その場でお待ち下さい』

「真央!予定外のことしすぎ!」

「彼氏が見てるからって張り切り過ぎよ。息継ぎのタイミング過ぎてるのにまだ水の中にいて、ぶっ倒れるんじゃないかってヒヤヒヤしたわ」

「だって……亀さんと仲良しになれたから……楽しくなっちゃって……」

「だってじゃないでしょ!?」

「まぁまぁ、落ち着いてください……」

「俺等には一切興味示さねぇのに、真央の真似はするんだよな。やっぱ金髪ってのが認識しやすいのか?」

「うーん?」



 観客へ向けた海里の館内アナウンスを聞きながら、真央は亀を抱き抱え首を傾げた。甲羅に抱きつくのは心地いい。

 このままずっと人魚として海の中で暮らせたらいいのにと思いつつ、亀を小さな水槽に戻して水から上がった。



「アンケート回収して、チケットの案内出して……。求人応募に感想エゴサ……。やること山積みです……」

「あ、そうだ。私、履歴書書かなきゃ!」

「真央、あんたいつからここの従業員になるの?」

「うーん、わかんない!」

「元気よく言うようなことじゃないでしょ……」

「ほら、ウィッグ。外に出るぞー」

「あ、うん。じゃあ、協会本部で反省会しながら感想観覧して、次に生かそう……」



 真央の声が不自然に止まったのは、従業員以外立ち入り禁止の黄色いテープ前で、男女が抱きしめ合っている姿を見たからだ。

 男性は棒立ち。手を横に、女性の背中へ手を回すことはない。

 女性が一方的に抱きついているようにも見える状況に仲間たちと出くわした真央は、どう反応していいのか分からなかった。



「あ、ええと……」


 マーマンに協力を要請し、嫉妬してもらえるように仕向けて告白してもらうために行動する予定だった真央は、自分が考えていたことを海里にされてしまい面食らっている。

(どう声を掛ければ、いいんだろう)

 やがて海里の死んだ目が、ゆっくりと困惑の声を出した真央を見た。

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