水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 海里の目は死んでいる。一瞬ぐっとなにか言いたげに唇を噛み締めた瞬間を見てしまった真央は、空気を読んでその場を後にするわけには行かなくなってしまった。



「――あの、離してあげてください。海里、嫌がってます」

「……あなたは海里さんを呼び捨てるほど、仲がよろしいのですね」

「12年前から、結婚の約束をした仲なので……?」

 海里は真央とした結婚の約束は無効だと宣言していたので、どうしても疑問形になってしまう。

 借金を抱えていることに、海里が後ろめたさを感じなければ──真央は海里と結婚の約束をしている仲だとはっきり宣言できたのだが。


「海里さんは、彼女と婚姻するのですか」


 女性は海里に聞き直したが、彼がそうだと肯定するわけがない。

 真央の前で海里は、約束は無効だと宣言したのだから。

「そうだ」

 海里に聞いても無駄だと考えていた真央は、海里の口から肯定の言葉が飛び出て来て驚いた。

 海里の百八十度異なる態度に、成り行きを見守っていた仲間たちも面食らっている。


「俺は、真央と結婚する」

「まぁ…。それが借金を肩代わりして差し上げている、企業の娘に告げる言葉として、ふさわしいとお思いですの」

「……肩代わりって…?」

「邪魔だ。退け」

「酷い人。あたしを弄んで、楽しんでいるのね……」

 海里の死んだ目が、女性を見下す。

 海里が何を考えているのか、謎の女性がどのような関係なのか知りもしない真央は、泣き真似をする女性と睨みつける海里にどんな言葉を掛けていいのかすらもわからない。

「なんだあれ。どうなってんだ?」

「あんたの出番じゃない?真央を抱きしめて、男女トラブルを引き起こすチャンスよ!」

「やめた方が、いいと思います…。館長さん、人を射殺しそうな目をしていますし…」

「嫉妬心煽ってるのは、あっちでしょ!?真央、やってしまいなさい!」

 仲間たちはいまが海里の嫉妬心を煽るチャンスだと、海里と女性に対抗して仲の良さを見せびらかせと命じてくる。尻込みしているのは、妹の真里亜だけだ。

「よっし、やるか?」

「ええと……」

「もういい」

「きゃ…っ」

 真央はマーマンに両手を広げられ、胸に飛び込んでこいとアピールされてから、不安そうに海里を見つめた。

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