水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 真央は海里が抱きついている女性を突き飛ばした事により、その女性に見覚えがあると気づく。

 ショーが始まる前、真央に入場開始を知らせてくれた……案内係の女性だ。

 ネームプレートには紫京院と書かれているのを確認していたので、見間違いではない。彼女の胸元には、たしかにそのネームプレートが輝いているからだ。


「海里さん……!」

 海里に突き飛ばされた彼女は名前を呼ぶが、彼は見向きもしない。

 一直線に早歩きで真央の元までやってきた海里は、両手を広げて真央が胸の中へ飛び込んでくるのを待っているマーマンを睨みつけ、真央を真正面から抱きしめた。


「俺が愛する女は、生涯真央だけと決めている。失せろ、女狐。俺はお前の道具になるつもりはない」

「海里さん……。あたしを女狐などと称して、本当にいいのでしょうか……。あたしには、一生遊んで暮らせるほどの大金がある。海里さんを、不自由などさせません」

「……水族館の借金は、俺と真央が返済する。お前の力など必要ない」

「まぁ。借金を抱えた海里さんと……あのようないかがわしいショーで金銭を得る庶民が手を取り合い、100億の借金を返済するつもりなど……。夢物語だとしても、もっとマシな空想をするでしょう。あのようないかがわしいショーを続ければ、この水族館の品位が落ちてしまいます。今すぐ、取りやめるべきですわ」

「てめぇ……」

 腕っぷしの早いマーマンが一歩前に出て彼女に食ってかかろうとしたが、海里に抱きしめられている真央は手で制するしぁない。

 いかがわしいショーと称されたことに怒っているのは、マーマンだけではない。真央だって、ムッと来ている。

 しなやかな身体付きを見せびらかすような振り付けは、客を集めるために真央がわざと導入した振り付けだ。その感想は、遅かれ早かれ観覧者から必ず聞こえてくるであろうものだった。

 マーメイドスイミングの知識が一切ない女性から、水槽越しにショーを見て妖艶さが伝わり──いかがわしいと感じて貰えるようなショーができたのは、大きな収穫だ。

(海里と抱き合っている姿を見たときは、どうしようかと思ったけれど……)

 悪いことがあれば、いいこともある。

 真央は自分の考えが間違っていなかったと、胸を張った。

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