水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

「わたし、日本には全然いい思い出はないけどね。おにーさんのことは好きだよ。日本で過ごした日常の中で、一番大切にしたい思い出なの」

「……俺もだよ」

「本当?わたし達、相思相愛だね」

「相思相愛の意味、わかって言ってるのかい」

「好き同士ってことでしょ?思いが通じ合ったら、お付き合いして結婚するの。ずっと一緒にいるんだよ」

「……なら、俺たちは……」


 少年は真央に手を伸ばしたが、真央は少年と距離を取った。両手を重ね合わせるようなことはしない。両手が触れ合えば、少年と離れがたくなる。


 少年は何処か、寂しそうに笑った。


 仕方ないなと告げるように微笑む少年の姿を見つめた真央は、胸が締め付けられるような感覚に陥りながら、ぐっと拳を握りしめて泣くのを堪える。


 出会いと別れは、何度経験してもつらい。


 真央と少年は、自分たちが大人ではなく子どもであることを悔いながら、残された短い時間の中で言葉を交わす。


「わたしは、大人になったら戻ってくるよ。できれば、この場所で。おにーさんに会ってーーその時、お互いのことが好きだったら、ずっと一緒に居よう。両手を握って、幸せを噛み締めて。大人のキスをするんだよ」

「……今は……。どうしても、駄目なのか」

「……うん。ごめんね」

「……わかった」


 真央は子どもだ。子どもには、どうしようもできないことがある。

 真央の心が強ければ、このままこの場所で二人。愛を確かめ合い、並んで歩く未来を思い描けただろう。


 真央は、日本にいるべきではない。少年がどんなに気にしなくていいと優しい言葉を掛けてくれたとしても。大多数の人間が、周りと同じようになれない真央を迫害する。


「……俺は、この水族館を継ぐことになる」

「……うん」

「君が戻ってくるまで、この場所を守るよ」

「……約束してね。おにーさんは、この水族館の館長さんになるの。わたしがこの水槽の中で人魚さんになった時、溺死しないように。ちゃんと泳げるようになって、人魚さんの資格も取るんだよ」


 真央は一方的に、少年へ約束をした。

 この水族館を経営する館長になること、日本ではほとんど知名度のない、人魚を名乗れる資格を取得することを。少年は真央に異を唱えることなく、じっと話を聞いている。
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