水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「愛している人に、関係ないとか言わねぇだろ……」

「説明義務は、あるわよね」

「浮気だから言えないんでしょ?サイテー!」

「まだ浮気と、決まったわけじゃ…」


 マーメイドスイミング協会の一人が、浮気だと大騒ぎしてるのを真里亜が諌めた。

 浮気は聞き捨てならないのだろう。

 関係ないとバッサリ切り捨てたはずの海里は、少しだけ顔を上げると、重い口を開く。


「…里海の従業員だ」

「うん……」

「いや、そうじゃねぇだろ」

「館長との関係は?」

「──親に、」

「海里……?」

 海里の声が震えていることに気づいた真央は、海里の手を優しく包み込む。何度か浅い呼吸を繰り返した海里は、目を瞑ると意を決して瞳を開き、重いため息と共に言葉を吐き出した。

「金を借りている。里海の内観が12年前と変化しているのは、運営会社が変更になった時……リフォームをしたからだ」
「買収されちゃったの……?」
「あぁ。今の俺は、雇われ館長だ。みっともなく縋り付いても、真央が泳ぎたいと願ったあの水槽を、守りたかった……」

 海里は苦しそうに理由を吐き出すと、目を閉じた。

 海里水族館は12年前、海里の父が経営していた水族館だったが、借金で首が回らなくなり、紫京院に買収された。

 館長の息子であった海里は表向き館長を名乗ってはいるが、水族館の運営に関わる決定権は殆どないらしい。

 海里が館長だと思っていた真央は必死にマーメイドスイミングの魅力を伝えようとプレゼンをしていたが、あのプレゼンは紫京院の社長にするべきだったのだろう。

 海里が心ここにあらずな様子で真央のプレゼンを聞いていた姿を思い浮かべた真央は、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「あの女は、俺の監視役だ。俺が余計な動きをしないように、一投足を監視している」

「余計な動き?」

「外部に助けを求めたり、自力で借金をどうにかしようと……俺が動くことは、あいつらにとっては褒められる行為ではない」

「里海水族館の借金がなくなることは、借金を肩代わりしている紫京院グループにとって、いいことだよね……?」

「あいつらが里海を買収したのは、里海にメリットがあるからだ。俺が自由を得ることなど、あいつらは望んでいない。甘い汁を啜れなくなるからな」

「甘い汁……?」

 お金の計算すらも、正解を導き出せるか怪しい真央の頭では、里海水族館が今置かれている経営面の状況を説明しても、理解できないと判断したのだろう。

 海里は煙に巻くような言葉を繰り返すと、小さな声で弱音を吐き出す。
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