水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「……軽蔑するだろ」

「しないよ」

 耳元で囁かれた弱音を聞き取った真央は、即答した。

 考える必要もない。海里が借金問題で身動きが取れず、真央を巻き込むわけにはいかないと好きではないと突き放してきたことだって、真央は気にしていなかった。

(海里が借金を苦に、自ら命を断つようなことがなくてよかった)

 死んだ人間は、生き返らない。真央がいない12年間の間に、海里の心が死んでしまったとしても──肉体面になんの問題もなければ、無問題だ。

 海里が生きてさえいれば、どうにでもなる。

 真央が海里の死んでしまった心を取り戻し、借金を返済して、後ろめたさなど感じさせないようにすればいいだけだ。

「無理しなくていい……」

「無理なんて、してないよ。私は海里のことが大好きだから。どんな酷い目に合っても、海里が私に愛を囁いてくれるのなら、いくらでも力になりたい。今は水槽の中にいる、人魚の私でしか、海里の心を得られないとしても……」

「……人魚だからではない。真央だから……俺は……」

「うん」

「俺は真央を、愛している」


 海里は真央の耳元で、はっきりと宣言した。

 借金を完済しなければ、愛の言葉が海里の口から紡がれることはないと考えていた真央は、嬉しくなって海里の胸元に寄り掛かる。

(嬉しい。海里が私に、愛を囁いてくれた)

 真央は海里のことが好きだ。海里と結ばれる日をずっと夢に見ていた真央は、海の底で沈んでいる海里を見つけて手を差し伸べた。

 海里はなかなか真央の差し出した手を掴んでくれなかったが、やっと決心がついたのだろう。

 真央と一緒に海の中を泳ぎ回る決心をした海里は、これから真央と共に陸を目指して、縦横無尽に駆け回る。

 陸へ上がろうと決心してくれたことが嬉しくて、真央はにこにこと笑顔で海里を見つめていた。

「はいはーい。二人の世界に入らないでくださいねー」

「あんたが嫉妬を煽る必要、なくなったじゃない」

「真央、目を覚ませよ……。100億の借金を抱えた男とか、不良債権だろ……」

「借金はこれから、どうにかする。真央は俺の人魚だ。誰にも渡さない」

「お姉ちゃんが、誰かに奪われる心配は……ないと思いますけど……」

 マーマンに真央を奪われまいと海里は牽制しているが、真央は海里を愛している。どれほど真央が魅力的な女性だとしても、真央は海里以外の男に見向きもしないだろう。
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