水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「海里、大丈夫だよ。既婚者だから……」

「俺は真央が、心配だった……。俺がいないと、いつもどこかで一人、膝を抱えて泣いていただろ……」

「昔の話だよ?」

 マーメイドスイミング協会の仲間たちは、真央が小さな頃人とは違う容姿を持っており、いじめられていたことを知らなかった。

 真央がいじめられており、今とは比べ物にならないほどに大人しい性格だったのを知っているのは、妹の真里亜だけだ。

「完済し切れないほどの借金が里海にあると知った俺は、死のうと思ったことがある。死んだら、借金を返済する必要はない。一刻も早く、命を投げ出したかった俺が踏み止まったのは……真央がいたからだ」

「私?」

「俺が死ねば、真央の帰る場所がなくなる。たとえ二度と、真央が里海に戻ってこなかったとしても……」

 海里の呟きは、ずっと奥底に隠し続けてきた海里の悲鳴だ。

 その悲鳴を受け取った真央は、12年前の自分を思い出して、目を伏せる。

「俺はどうなっても構わない。真央が戻るための場所だけは、守りたかった……」



 真央にとって、海里が愛する人であるのと同じように。

 海里にとっても真央との約束は、何を犠牲にしても守りたいことだったのだろう。

(遅くなってしまったけれど、里海に戻って来てよかった)

 真央が戻ってこなければ、海里はそう遠くない未来に命を落としていたはずだ。

 真央が会いに来たからこそ、海里は前向きに借金を返済しようとした。それはとても、いい傾向だ。

「そうして、自分に言い聞かせて……この場所を守った気になっていたんだ……」


 自分一人の力で到底返却できない借金を前にした海里は心を閉ざし、現実から目を背けた。

 海里はとても反省しているようで、申し訳なさそうにボソボソと真央の耳元で囁き続ける。

「俺はいざ、真央が戻ってきた時……自分が取り返しの付かない選択肢を取っていたことに気づいた。俺は馬鹿だ。俺は真央を傷つけ、迷惑を掛けている……」

 海里は真央を抱きしめながら、深いため息を吐き出す。

 このまま真央が話を聞き続けているだけでは、海里の気持ちは晴れないだろう。

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