水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(私が、海里を助けなきゃいけない。あのとき縋っていた分だけ、海里に返さなくちゃ)



 12年前。真央がハワイに逃げたから、取り残された海里は一人、苦しい思いをした。

 大人になった海里は、今も苦しみ続けている。


 泣きたいのは真央ではなく、海里の方だ。

(苦しいのは、私だけじゃない。泣いている暇があったら、海里を助けるための行動をしなくちゃ)



 海里にだって、苦しいことはあったはずなのに──海里は真央の前で、苦しむ姿など微塵も感じさせることなく、真央を勇気付けてくれた。



(あのとき、海里に困っていることはないかって聞いていたら。一人だけ楽になろうとせずに、海里とずっと一緒にいればよかった。そうしたら、海里が悲しむことはなかったのに……!)



 海里から優しい口づけの嵐を受けた真央は、言葉にできない思いを涙と共に吐き出していく。言葉にしなければ意味がないとわかっているのに、真央は涙を流すことにより、一人だけ楽になろうとしている。



「一人で逃げた、私を許さないで」



 懇願しながら涙を流す真央と視線を合わせた海里は、真央の唇に優しく触れると、無言で真央を抱きしめる。海里は真央の涙が止まるまで、じっと待っていた。

(その優しさが、辛い。心が張り裂けそうなほど、痛いよ……)

 海里が離れていた間に感じていた気持ちを感じ取り、涙を流せない海里に変わって二人分の涙を流す真央の姿を見て、海里も思うことがあるようだ。

 真央が涙を拭うと、海里は胸に抱いている気持ちを吐露し始めた。

「……俺は、嬉しかった」

「嬉し、い、なんて…!そんなの…!」

「真央が俺の約束を守ってくれたこと。俺を忘れないでいてくれたからこそ、俺はこうして真央と一緒にいる」

「海里……」

「俺は幸せものだ。真央の身体に触れることなど、二度とないと思っていたから……」



 12年前に交わした約束が果たされるなど、海里は想像もしていなかったのだろう。

 期待すればするだけ、裏切られた時の絶望が大きくなる。

 海里は現実から目を背けながらも、心のどこかでは、真央が約束を守るために戻ってくると、信じて待っていてくれた。



「私は……ずっと、海里に会えるって……約束、叶えるために……生きて来たよ」

「……ああ。ありがとう。真央」

「私……海里の事、好きでいてもいい……?」

 海里が拒絶したとしても、真央は海里を諦めるつもりはないけれど。
 この場で肯定するか、否定をするかは大きな違いがある。

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