水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
真央を巻き込みたくないと強い意志を貫くならば、海里は真央を突き放すだろう。再会したばかりの時に、ピアスを器用に舌で転がし外したように。
真央と共に歩んでいく決意をしたなら、海里は真央に愛し続けてほしいと願うだろう。
2つに1つしかない。海里の答えは──。
「……真央に俺を好きになってくれと、懇願する資格がない」
「じゃあ、私……海里の前から、いなくなった方がいいかな。泡になって、消えた方が」
「駄目だ」
嫌だ、ではなく、駄目だ。
真央の言葉に否定を返した海里は、真央のぬくもりを確かめるように、力強く抱きしめた。
(海里の言葉から紡がれる、愛の言葉を……信じてもいいのかな)
真央は海里の口から、言葉の続きが聞こえてくるのを待つ。
真央が望んだ言葉が海里の唇から紡がれるのは、すぐのことだった。
「俺の側にいてくれ。俺だけの人魚。愛してる。俺と同じ気持ちなら……」
「……うん。私は、海里のことが好き。大好きだよ。海の王子様」
人魚姫は、人間の王子様に恋をする。
人間の王子さまは陸の王子様。人魚姫は海のお姫様だ。
真央が童話のお姫様と関連付けられることがあるとしたら、美しき金の髪を持ち合わせ生まれてきたことと、人魚として水槽の中を泳ぐことくらいだろうか。
海里は王子様でもなんでもない。
だが、海里は水族館の館長で、社会的に見れば経営者側の人間だ。社長とも言い換えられる。
(海の里で、海里。水族館の館長さん。だから海里は、海の王子様)
真央は人魚のお姫様ではない。どこにでもいる人魚のふりをした、人間だけれど。
海里と真央は互いを愛し、惹かれ合う。
人間の王子様と人魚姫が、許されざる恋をしたように――海里と真央はシーツの海に身体を預け、水底まで沈んだ。