水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「僕たちの仲間が、君を待ってるよ!」

「ママー、あれ買って!」

「ええ、でもお高いんでしょう……?」

「お子様のお小遣いで買えるものから、奮発しないと難しいものまで、各種取り揃えてます!売店はあちらになりまーす」



 真央が声音を変えて人形が話をしているよう見せれば、子どもが食い付いてきた。

「あれ買って攻撃」は、真央にとって援護射撃だ。狙った獲物は逃さないとばかりに売店へ誘導した真央は、次の獲物を探して館内を練り歩く。



「旅の思い出、記念に!ぬいぐるみはいかがですかー?」

「……なんてはしたないのでしょう……。力の限り声を張り上げるなど……。館内の品位を貶めるのは、やめてくださる?」



 誰かからクレームを受けたのか。海里の監視役で、案内係の紫京院が真央に声を掛けてきた。

 両手いっぱいのぬいぐると共に声を張り上げる真央のことが気に食わない彼女は、眉を顰めながら蔑んでくる。

 睨みつけられるのも、悪意を向けられるのも。

 昔の真央であれば震え上がるほど恐ろしかったが、今ではなんとも思わなくなった。真央に恐れるものはなにもない。



「あ!紫京院さん!案内カウンターに一匹!置かせて貰えませんか?」

「何故あたしが、あなたに協力を……」

「赤字が黒字になることは、いいことですよね?この子たち、長い間売れ残ってて、可哀想なんです。フレッシュな子をお迎えするためにも!」

「赤字が黒字になれば、父に怒鳴らるのはあたしです。貴方に協力をするだけ、損でしかありませんから。ご辞退申し上げますわ」

「ええ?でも、赤字が黒字に変化すれば、海里は笑顔を取り戻して――明るくなるはずだよ。里海水族館さって、かび臭くてジメジメして廃墟みたいな感じじゃなくなるし──」

「……我が紫京院グループが内装を綺麗にリフォームした里海水族館の内部へ、かび臭くてジメジメしていると称するなど……。あなたは本当に、里海水族館のために働くつもりがあるのですか。正気とは思えません」

「私はいつだって正気だよ!あ、はい。これ。紫京院さんの顔にそっくりだからあげる」

「な……」

「可愛がってね!」



 真央は両手いっぱいに抱きかかえたぬいぐるみの中から、綿がたくさん詰まった鮫さめのぬいぐるみを紫京院に渡すと、笑顔で彼女の手に握らせた。

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