水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「頭の心配をした方が良さそうですね。父には頭の中お花畑な女が、海里さんに言い寄っていると報告させて頂きます」


「どうせ報告するなら、海里の交際相手だって報告して欲しいなぁ。そしたら、私は……海里と……」

 真央は海里と幸せな日々を思い浮かべえると、ぬいぐるみを抱きしめて声にならない悲鳴を上げた。

 真央の喜ぶ姿を蔑んでいる紫京院との温度差を見た通行人は、何事かと二人を二度見している。


「色ボケには付き合って居られません。いつまでもサボってないで、早く仕事に集中したらどうですか」

「うん、そうだね。紫京院さん」

「まだ、なにかあるのならば……」

「私は紫京院さんの事情や思いを、何も知らないまま……いがみ合うことはしたくないんだ」

「あたしはあなたに、事情を話す気などありませんが」

「うん。まだ私のこと、信頼してないもんね。紫京院さんが私のことを信頼してくれるまでは、里海水族館の従業員として、仲良くやろーね!」


 真央は笑顔で、紫京院へ手を差し伸べる。

 愛を確かめ合った一夜を終えてから。海里は人魚姿の真央だけではなく、人間の真央にも興味を示すようになった。

 海里は紫京院を監視役と称して仲良くなる気はないようだが、彼女が案内係として里海水族館に働いているのは事実だ。

 真央は紫京院がどんな事情を抱えているとしても、彼女を仲間だと認識している。

 もしも紫京院と立場が逆だったのなら。真央は、孤独に震えていただろう。

 海里を監視するように命令されて水族館で働くようになった彼女に、味方をするような従業員はいない。

 海里と交流のある従業員は殆ど残ってはいないが、彼女を嫌っている。新しく入った従業員達は、紫京院グループの娘をどう扱っていいのかと、距離を取っていたからだ。


 紫京院が海里に、抱きつく必要があるとは思えないけれど。

 人肌恋しくて海里を頼ったのならな──真央が紫京院の友人になれば解決すると、真央は答えを導き出していた。
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