水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
缶バッジ1000個、個人利用?
ついにマーメイドスイミング協会主催の定期公演が開始されることになった。
第一希望から第3希望までを募り、チケットの抽選結果と当落発表を終え、初日の公演が開始されたのは7月15日のことだ。
夏休みにこれから突入することもあり、チケットは3ヶ月間、1日3回公演がフルキャパで全席Sold Outした。
プレビュー公演にインフルエンサーだけを招待したのは正解だったようだ。チケットの抽選に外れた人々の深い悲しみが、こちらまで聞こえてくる。
当初7月1日の公演を予定していたが、抽選から発表、支払いを全員が済ませるまで想定外のトラブルに見舞われ、開始が2週間伸びてしまったお陰で、逆にいいこともあった。
作るかどうかすらも賛否が割れていたショーに出演するマーメイドとマーマンの公式グッズは、あまりにも急すぎて、7月1日から公演が開始されるまでに、作成が間に合うはずもなかったのだが……。
開始が先送りになったこと、思った以上に抽選へ参加する観客が多いこともあり、チケットの売上を一部グッズ販売の軍資金として利用し、どうにか初日に売店へ並べることができた。
(こんなに大量生産して、売れるのかなぁ)
不安になりながらも迎えた初日は、SNSで販売開始を呼びかけたからか。マーメイドスイミング講習を受けた歴代の新人マーメイドから、見覚えのない客たちまで。チケットの抽選に外れたから、せめてグッズだけはとボヤく人々手により、飛ぶように売れていた。
「これって在庫、どのくらいあります?」
「えっ。数え切れないほどありますけどー……」
「1000個ください」
「1000個?!?すごい量ですよ!?」
販売開始から3日。
売店にとんでもない客が姿を見せた。どこにでもいる普通の好青年は、缶バッジの在庫を1000個くれと申し出てきたのだ。
最愛の大きな声が売店をざわつかせ、その場にいた客たちが転売目的かとひそひそと囁きあっている。
これでは缶バッジを求めにやってきた男性が可哀想だ。真央は最愛とレジを変わると、グッズ作成担当の仲間へ連絡を取った。
「あのさ、缶バッジ1000個欲しいって言ってるお客さんがいるんだけど……売ってもいいかな?」
『せっ、1000個!?何に使うの!?』
「わかんない。お客さんがてんばいや?ってひそひそしてるんだけど、意味わかる……?」
『買ったもんをフリマアプリでぼったくる。今、在庫は?というか今日は、真里亜の日でしょ?』
「あ、うん。ショーは真里亜の日だしほんとはお休みだけど、ショーが始まってすぐの土日だから。売店に顔出しているの。落ち着いたら帰るよ。在庫は……あと半分くらいかな」
『これから平日はショーに出ずっぱりなんだから、休みなよ。とりあえず、利用用途聞いて。転売はお断りしてるって説明した上で、ダンボールごと売っぱらっていいよ。ロット1000単位でよかった……』
仲間から許可を得た真央は、ダンボールを抱えてレジまで持ってくる。固唾を呑んで見守っていた客達からの視線が痛い。
待たせたことの謝罪を始めた真央は、客に利用用途を聞くことにした。