水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「お客様、大変お待たせしており……申し訳ございません。大量にご購入される方には、利用用途を伺っております。大変失礼ではございますが、お聞かせ願えないでしょうか」

「実は、代表して買いに来たんです」

「代表して……?」

「マーメイドスイミング協会に所属しているマーメイドのオタク達を集めたチームに所属しておりまして。1人100個ずつ集めて、トップオタであることを証明したいと……」

「個人利用ですね」

「あ、はい。それはもちろん。定価で仲間に譲渡します。その、フリマアプリに流すようなことはしません」

「承知致しました。では、お会計が……。ええと、44万円になります」

「カード一括で」



 缶バッジ1000個44万……。

 ショーのチケットを約300枚売り捌いて得る金額と一緒など、考えるだけでも頭が痛い。利益は30万ほどだろうか。確かにボロ儲けだ。



(缶バッジの個人利用ってなに……?)



 首から上を撮影した、写真を貼り付けただけの缶バッジが売れるのは、もはやマーメイドやマーマンであることなど関係ないのでは……。

 真央がドン引きしながらクレジットカードを返却すると、1000個の缶バッジを購入した客が控えめに声を掛けてきた。



「あ、あの。失礼ですが、真央さんですよね……?」

「え……」

「申し訳ありません。先程、電話越しに真里亜と言っているのが聞こえてしまって……。マーメイドスイミング協会の姉妹マーメイドである、真央さんではないかと……。その、特徴的な目元に、見覚えがありまして……」

「……あ。皆さんには、内緒にしてくださいね」

「わかりました」



 真央はこの場で否定するのもおかしな話であると、口元に人差し指を当てて肯定する。

 礼儀正しい男性は缶バッジの入った思い箱を軽々と持ち上げ、堂々と去って行った。
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