水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

最低館長(海里視点)

 腕の中で真央が眠ったことを確認した海里は、紫京院を睨みつけた。

 熱がある真央と言い争い、体調をさらに悪化させるつもりなのかと訴えかける視線は、恐ろしく厳しいものだ。

 恐ろしく厳しい視線を向けられても、紫京院は大して気にすることなく眠る真央を見つめた。


「とても、大切にしているのですね」

「大切に、しないわけがない。真央は俺のマーメイドだ」

「海里さんのマーメイドではなくては、価値がないとでも言いたそうですね。可哀想に……」



 紫京院は真央に同情をしているようで、切なげに眉を伏せる。

 真央と紫京院は違うのに、彼女は自分の境遇と重ね合わせているのだろう。

 海里が借金まみれの里海を継がなければ──紫京院は海里がよく知る人物と、本来であれば結ばれる運命だったからだ。



「お前が望むものは、真央に協力を要請しなくとも手に入るだろ」

「そうですね」

「何故、真央に協力を要請した」

「彼女が、あたしにはないものを持っているからです」

 紫京院は、真央の明るさが羨ましかった。愛する人とよく似た太陽のような明るさを見ていたら、あの明るさを穢したいと欲望が渦を巻く。

「俺から自由を奪い……真央からも明るさを奪おうとするのか……」

「あたしは海里さんの、敵ではありません。あの人さえ里海水族館へ戻ってきてくだされば、紫京院は手を引くと約束致しましょう」

「……俺に、あいつを連れ戻せと言うのか」

「ええ。あの人を追い出した、海里さんが連れ戻すべきです」

「あいつは勝手に出て行った」

「自分の否を認めたくないならそれでも構いませんけれど、海里さんがやらないのでしたら、彼女に頼むだけのこと。事情のわからない彼女を、巻き込みたくないのでしょう」

「俺が働きかけなくても……真央は戻って来てくれた。あいつもいずれ……」



 海里は言葉を濁すと、これ以上話すことはないとばかりに真央を抱き上げる。

 その様子をじっと見つめていた紫京院は、背を向けた海里に呆れた声で問いかける。
< 70 / 148 >

この作品をシェア

pagetop