水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「海里さんは、現実逃避が得意なのですね。現実から海里さんが目を背け続ける限り、あの人は戻ってきません」

「お前のことなど、どうでもいい」

「あたしのことはどうでもいいかもしれませんが、幼少期は兄と慕った相手のことは……心のどこかで、切り捨てられないのでしょう」

「だから、なんだ」

「賭けをしませんか。あの子か海里さんがあの人を連れてきたら……あたしの負けでいいですよ」

「くだらない……」

 紫京院は、全く意味のない提案をしてきた。

 海里にとって紫京院の想い人が兄と慕っていた昔馴染みなのは間違いないが、里海水族館の借金問題を誰にも相談せずに紫京院の手を取ると決めてしまった海里に愛想が尽きて、昔馴染みの仲間達は里海水族館を去ってしまっている。


(俺と真央が働きかけた所で、戻ってくるわけがない)

 海里にとって──真央の次に大切な仲間たちの姿を思い浮かべると、唇を噛み締めた。

 心を殺さなければ、こうして苦しい思いをする。苦しいのは嫌だと現実から目を背けて見ないふりをすれば、海里は心穏やかに暮らせるのだと知っているから……。


「負け馬に乗る馬鹿が何処にいる」

「あら。1戦目は勝負に負けても、2戦目にはどうなるかなどわかりませんよ。あたしに協力してくだされば、悪いようにはしません。今までだって、いい関係を築いて来たではありませんか」



 いい関係など、冗談ではない。紫京院が一方的に得する関係を築いてきただけだ。紫京院は想い人と添い遂げるためだけに、里海水族館の受付嬢としてしがみついている。

 紫京院をどうにかするためには、遅かれ早かれ彼女の想い人を連れて来なければならない。

(どの面を下げて、会いに行けばいい)

 喧嘩別れした彼女の想い人に会いに行った所で、怒鳴られるとわかっているのに。何故会いに行く必要があるのかと、海里にはよくわからなかった。


「海里さんは本当に、彼女以外のことになると……置物みたいに動きませんね」

「うるさい。どうでもいいだろ、そんなこと。お前には関係ない」

「あたし達は、一蓮托生です。紫京院が借金を肩代わりしている限り、海里さんだけが幸せになるなど許しませんよ」



 一体なんの権限があって、自分だけ幸せになるのは許さないと海里に呪いを掛けるのだろう。

 紫京院が何を考えているかなど、海里は理解したいとすらも思わなかった。

 海里が興味関心を抱くのは、真央のことだけだ。

 真央本人のことは大好きだが、マーメイド姿の真央はもっと愛おしい。

 海里は真央のマーメイド姿を思い浮かべると、眉を顰めてマウントを取る彼女の言葉を聞き流す。
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