水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「水族館の経営がうまく行かず女に走り、女に入れ込んだ最低館長と名声を上げるのも……そう遠くはなさそうです。このままでは、あなたが彼女と結ばれても幸せにはなれませんよ」

「うるさい」



 紫京院は海里がもっとうまく立ち回れば、もっと早くに愛する人を手に入れられた。海里のことを恨んでいるのだろう。

 海里がもっとうまく立ち回れば──海里は兄と慕っていた男と仲違いすることなく、紫京院と兄を慕っていた男との仲を祝福し、真央の帰りを待ち続けられた。

 今となっては、どれほど手を伸ばしても叶わない幻影だ。真央は手に入っても、このまま海里が里海水族館で置物のように過ごす限り──兄と慕い、紫京院が愛した男が里海に戻ってくることはない。

 なぜなら彼は、紫京院が海里を愛しているのだと……勘違いしているから……。



「あの人に謝罪をする気になったら、あたしに声を掛けてくださいね。色欲狂いの、最低館長さん」



 海里と真央が誰にも邪魔されないよう生きていくなら、紫京院が愛する男の居場所を探し出し、彼へ誠心誠意謝罪をすればいいだけの話だ。

 浮気だの最低だのと罵倒される謂れのない海里は、真央をより強く抱きしめると、螺旋階段を登り始めた。



 戻ってくるかもしれないし、戻ってこないかもしれない。期待するだけ無駄だ。忘れよう。

 喧嘩別れした男のことを考えた所で、ストレスにしかならない。海里は真央さえいればいいのだ。真央さえいれば、他には何も必要ない──



「真央」



 真央が眠っているのをいいことに、寝室へ連れ込んだ海里は、手慣れた手付きでフィッシュテイルとモノフィンを両足から外す。

 海里はマーメイド姿の真央に強く反応を示すが、それが川原真央であると理解できれば、人魚の姿ではなくたって愛おしい。



「ん……」


 海里はベッドの上に横たわり、身動ぎした真央の姿を見つめた。

 日本人離れした青い瞳。

 絹糸のような金色の髪。

 男を惑わす豊かな胸元。

 美しいくびれ。

 普段はフィッシュテイルに隠された、細い足──。



 その全てに口づけを落とした海里は、真央の全てを愛していると再確認した。

「真央……。真央……、愛してる……」

 真央に愛を囁いた海里の瞳からは、ポタポタと涙が流れる。



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