水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる


「海里、ごめんね。気にしないのは無理だけど……海里がストレスを感じるなら、もう紫京院さんの話はしない……」

「俺の愛する真央が、手の届く所にいるんだ。俺は嫌いな女の幸せに頭を悩ませるよりも……真央との幸せな未来を考えたい……」

「私も海里と一緒に、たくさん未来のこと……お話したいよ?でもね……」

「真央は借金を返済するために、マーメイドスイミングショーに出演するので手一杯だ。これ以上、負担を増やすわけにはいかない」

「私は大丈夫だよ!」

「大丈夫じゃないから、熱を出したんだ」


 真央がいくら海里に大丈夫と叫んでも、これ以上無理をさせるわけには行かないと、海里は真央をベッドから起き上がれないように縫い付ける。


 紫京院には愛する男がいるらしい。

 愛する男と彼女が結ばれるためには、再びその男性を里海水族館へ呼び寄せる必要があった。

「頭のおかしい、気狂いのことは放っておけ。あいつが里海に戻ってくるこちは、恐らくない」



 海里は紫京院の想い人をあいつと呼んだ。里海水族館に戻る、戻らないと話をしているのならば──紫京院の想い人は、真央も知っている人かもしれない。


「紫京院さんの想い人って、私も知っている人だよね……?」

「……真央が知る必要はない」

 言葉を濁す時点で、世界を真央に告げているようなものだ。

 紫京院の想い人は、12年前に里海水族館で働いていて──今は姿を消した人。

 紫京院は海里と歳が近いが、おばさんと称するほどではない年齢──きっと、20代かそこらだろう。

 真央が12歳のとき、里海水族館の一番若い飼育員は、19歳の青年だった。今は31歳。顔たちが整っており、面倒見のいい。
 あの人が独身を貫いているとは思えず、真央は難しい顔で思案する。

(もしもあの人が、私の想像している人じゃなかったら……次に年齢が若いのは29歳だから…41歳?)

 紫京院が愛する人との年齢差は、本人にもよるが、かなり幅広い。歳上好きにも程がある。

(紫京院さんは、ファザコンなのかもしれない……)

 真央があらぬ疑いを紫京院に向けていれば、海里は真央の百面相を優しい瞳で見つめていることに気づく。

「海里……?」

「真央は、今の昔も変わらない……俺の、愛おしくて堪らない……マーメイドだ……」

 12年も経てば、人は変わる。

 感情が乏しくなり、成人男性として真央が抱きついてもびくともしない身体に成長した海里のように。

 真央は明るく元気になり、大人の女性へと変貌を遂げた。

「……うん……」

 マーメイドスイミングショーの間は、人前で地毛の金髪を晒せるけれど。不特定多数の前で堂々と金髪を晒して歩くのは、まだ怖い。

(私にだって、日本人の血が流れているのに。アメリカの血が少しだけ流れていいるだけでも、目立つ金髪は、私を攻撃する弱点になる)

 真央は見知らぬ誰かに、攻撃されるのは怖い。言葉の刃に傷ついた経験があるからだ。
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