水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

 確かに、3階からしか飛び込めなかったはずの水槽上部が1階に移設されているようで、真央がその気になれば、この水槽の中へ飛び込めるようになっている。



「おにーさんは……」

「地下にいる」

「……私、約束したんです。大きくなったらこの水槽で泳ぐって」

「真央ちゃん。それはーー」

「いいですよね、泳いでも。罰金刑くらいは、覚悟してますから……」



 真央は事前に泳ぐことを見越して、服の下に水着を着込んでいた。川俣の許可を得ることなく手早く服を脱ぎ、準備運動を行いながら水着姿になって、大型のトートバッグからモノフィンを取り出す。足に装着するフィッシュテイルは折りたたんで持ち運べるものを選んだ為、普段と使い勝手が異なるかもしれない。一人で泳ぐことだって、本来であれば危険行為と見做される。不安要素しかないが、おにーさんに前で死ねるなら本望だ。



(私は、おにーさんとの約束を叶えるためにここへ来たんだ)



 強い意志を瞳に宿した真央は、難しい顔をする川俣へ笑いかけた。



「真央ちゃん。それは……」

「おにーさんに、私が人魚だってこと。証明してきますね」



 水槽の縁に腰掛け、両足にフィッシュテイルとモノフィンを装着する。フィッシュテイルは両足を一匹の足にするための布であり、腰骨あたりまでを覆う。モノフィンはエビの尻尾のような、マーメイドの尾ひれとなる部分で、フィッシュテイルの先端に装着するものだ。両足のつま先が合わさった所に装着すると言った方がわかりやすいかもしれない。



 2本の足が1本の尾ひれとなり、美しいマーメイドに変身した真央は、勢いよく水槽の中へ飛び込んでいった。



 2本の足はフィッシュテイルの中へ収納されている。バタ足などで移動できないことから、マーメイドスイミングは危険が伴う。原則バディと二人一組になり水に潜るが、真央は少しだけだからと自分を納得させ、一人で水槽の中に潜っていた。

 本来であれば、安全にマーメイドスイミングを行う上では絶対にありえない、自殺行為だ。
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