水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
「一歩間違えば動物虐待と批判されますが、できなかったことができる瞬間をみんなで一緒に分かち合えば、その場にいた人たちは応援してみようと言う気になる。プロとして立派な芸を覚えるため金銭は取れないけど、間近で努力している姿は入場料を払わないと見られません」


 アイドルのオーディションは通常、地上波やインターネットを通じて放送されるだろう。水族館の場合は、間近で魚たちの頑張りを確認するには、入場料が必要となる。

 水族館に客を呼び込むにはどうしたらいいか?無料で撮影風景を確認させる機会を作ればいい。

 その辺の問題とハードルがクリアできれば、長期的に見れば集客に関しては問題なかった。


「SNSで写真や動画を撮影して成長風景を見せれば、より効果的です。プロとして里海水族館を担っていくのは数年後になるかもしれないけど、来場者アップには間違いなく一役買ってくれますよね。そのためには優秀なトレーナーが必要になる」


 トレーナーを新しく雇って、新人トレーナーと海の仲間たちが切磋琢磨して芸を覚えていく様子を来場客に見せてもいいが、始めたばかりは数人立ち止まって見てくれたらいいくらいの期待度だ。何度も失敗を見せられたら、人は離れていく。

 成功体験をタイミングよく引き出し、客を感動させる雰囲気作りが必要なのだ。このためだけに雇った新人トレーナーにやらせたら、晒しものにされたと、すぐやめてしまうだろう。


 その点、ベテランのトレーナー達は仕事を仕事と割り切って自分の役割を忠実に再現してくれる心強さがあった。昔なじみであることから真央も指示がし易いし、里海の勝手もよくわかってくれる。

 いちいち手取り足取り説明している暇もなければ時間もないので、1を説明したら99を理解してくれる即戦力を求めていた。


「何も僕らの世代を呼び戻さなくたって……」

「川俣さん達は飼育のプロです。見せ方もよくわかってた。特に、海里と仲が良かった蒲田さん。あの人を戻したいです」

(あおい)くんは……難しい。里海に顔を出すのも嫌がると思うよ」

「何かあったんですか」

「……直接、聞きに行く?」

「行きます!」


 川俣さんの口から話す気はないと言うので、真央は連絡先を受け取る。

 その週の水曜に、急遽シフトを変わってもらい、現在碧が勤めている会社に顔を出すことになった。


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