竜のつがい
4.つがいを厭う理由
氷蘭は、自分に制御できない感情を忌々しく感じていた。
ほかの誰と会ってもそうはならないのに、美嗣と会えば、心が華やぎ、跳ね回りたいような気持ちになる。
尽くして、媚びて、美嗣が自分にだけ心を許すくらい、甘やかしたい。
氷蘭にとっては、つがいというこの本能自体が、不気味で受け入れがたいものだった。
自分の理性とは全く別のものに左右されること。
これほど不愉快なことはない。
見目はずいぶんマシになったものの、どうしてなんの力もない、美嗣のような人間に媚びなければならないのか。
せめて足を遠ざけていればそんな葛藤もしなくて済むだろうと、引き裂かれるような気持ちを抑え込み、氷蘭は様々な理由をつけて、屋敷にはめったに帰らなかった。
その日も久しぶりに美嗣に会い、たった数ヶ月でますます美しく成長した彼女を目にし、逃げるように屋敷を出た。
「あら、もうお帰りになったの」
氷蘭と同じ美しい銀髪を持つ竜人族の女は、声も掛けず入ってきた氷蘭を見て、妖艶に微笑んだ。
「父上がうるさいから顔を出しただけだ」
「あらあら、かわいそうなつがい様」
氷蘭の幼なじみである映月は、慈しむように眉を下げてはいるが、その目は笑ってはいない。
竜人族らしく冷徹なところもある映月といると、心が波立たず、自分を失わずにいられる。
「でも、そろそろ彼女も子を成せる年齢になるのでしょう?」
「あんなものに反応するわけがない」
甘えるように身体を預ける映月を振り払いもせず、氷蘭は言った。
「つがいへの衝動は抑えられないのに?」
「そんなものは迷信だ。制御できる」
映月はそんな氷蘭の言葉を否定せず、微笑んだ。