竜のつがい
その時、映月の部屋にいた氷蘭は、その衝撃に跳ね上がった。
「あああ……っ」
身体を締め付ける、心を締め付ける痛み。
失ってしまう。失ってはいけない大切なもの。
何が起こったか、本能的に分かっていた。
「氷蘭様?」
「あああああ……っ」
氷蘭は竜の姿になり、映月ごと周囲を吹き飛ばすと、屋敷が壊れることもいとわず飛び出した。
「美嗣……!」
流星のような速さで舞い戻った氷蘭が見つけたのは、屋敷から飛び下りた、美嗣の姿だった。
岩肌に打ちつけられ、もう虫の息となった彼女に縋り付く。
「あああっ、どうして、どうして……っ」
高貴な顔から、ぼろぼろと涙を溢す。
美嗣には微かに意識があった。
見たことのない彼の涙に微笑んで見せる。
素直に嬉しかった。
この雲海を眺めながら一人で死んでいくのは寂しいと思っていたところなのだ。
「氷蘭様、これで、お役に、立てます」
「なんでだ、どうして、ああ、俺の……」
自分のために涙を流してくれる美しい人を見ながら、美嗣は満たされた気持ちで目を閉じた。
氷蘭の叫ぶような声が聞こえる。彼はつがいの呪いに囚われているだけだ。
理性的になれば、彼は喜ぶだろう。
幼い頃からずっと、彼は解放されたがっていた。下位種族に己の意思が左右されることを嫌っていた。
美嗣だって、そんなの苦しい。そんな、まやかしの絆でつなぎ止める関係がどれほど虚しいか、もう、分かっているのだ。
彼は呆然となり、美嗣の躯を抱えていた。
彼は解放された。全て、彼の望みどおりに。
そうして気づく。
呪いが解けても、彼女への想いが消えなかったことに。